022 介入
「コーシロー、あのジャッキー流剣術ってのは俺でも使えるのか?」
話している途中でそう尋ねたのはジェットであった。
「ジェットさん? はい、問題はないですけど。ツェットにつけるんですか?」
「ああ、ビットスケイルの操作時はそちらに集中しているからな。接近された時に半自動化が可能な攻撃手段があったらいいかもしれんと思ってな」
「なるほど。なら俺が後で取り付けておこうかね」
オーエンがそう口にする。オーエンはツェットの専属整備士であるのと同時に風の機師団の整備班長だ。なのでテンキーもどきの増設の際のチェックには参加しているし、コーシローとルッタに次いでジャッキー流剣術についても詳しかった。
「ん、リリはいらないよ」
「まあリリ姉は必要ないだろうね」
いつの間にかその場にいたリリの言葉にルッタが頷いたが、その返しにリリは何故かションボリした。
「ハブられた。悲しいね」
「え? 今、自分からいらないって言ったよね? 大体オリジンダイバーはアーマーダイバーと操縦のシステムが違うから増設とか無理だし」
オリジンダイバーとアーマーダイバーは機体のスケールや操作方法こそ似ているものの別種の兵器だ。関係性で言えばオリジンダイバーのアーキテクチャを原形として数世代古い技術体系によって造られたのがアーマーダイバーなのだろうという研究結果もあるが、それもまた推測だけであって確かな根拠があるものではなかった。
「それにフレーヌはいい機体だ。小細工は必要ないでしょ」
ルッタがフレーヌを見ながらそう口にするとリリは「むふっ」と笑って頷いた。
リリにとってフレーヌは自身の延長。褒められて嬉しくないわけがなかった。
「まあツェットに追加するのはここを切り抜けられてからだけどな」
「そう言うということは、班長は銀鮫団が来ると思います?」
班員の問いにオーエンが「さてな」と言葉を返し、肩をすくめた。
「ザナド天領には俺らと銀鮫団がぶつかったって情報は届いていたのに銀鮫団自体はいなかっただろ。となれば数を揃えて待ち伏せしている可能性はあるだろうさ」
オーエンはそう言いながらも銀鮫団が直接やり合って来ることはないと予想していた。冷静に考えてオリジンダイバーも有している風の機師団と戦うのは銀鮫団にとってリスクが大き過ぎる。精々がザナド天領で起きたような嫌がらせが関の山だろうと。けれども、その予想が外れていることをオーエンはすぐ知ることになる。
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「モハナ・カザンを独房に入れておきましたよ艦長」
「ああ、ご苦労だったな」
尋問を終えたモハナを独房に入れてきたラニーがブリッジに戻ってくるとギアが何やら考え込んだ顔をしながらそう返した。
「どうかしましたか艦長? ハッタリだと考えたヤツらがザナド天領から追ってくるのかが心配ですか?」
「いや、そちらは問題ないだろう」
ギアはあの場で査察官である証拠を出してはいないのだから、本来であればその件の問い合わせをザナド天領軍は行うべきなのだが、何も言わずにタイフーン号を送り出している。もはや彼らにとっては査察官の真偽はともあれ、モハナ自体は切り捨てる対象なのだろうと。
(あっちの軍にも後ろめたいことがあれば引き渡しの要求もあったろうが、そういう繋がりもなかったか。ま、連中は典型的なハンター放任主義ってことかね)
飛獣を倒してくれるなら港町は開放する。だからハンター同士の揉め事は自分達でどうにかしてくれ……という天領は少なくはないのだ。その天領の出身ではないハンターは基本的に領民権を持たないので港町以外の場所を自由には立ち入れない。だから港町での行動にさえ目を瞑れば飛獣の脅威からは身を守れるのだからと考える天領が出るのは仕方のないことで、そうした状況が銀鮫団のようなハンタークランやモハナのようなギルド長という淀みを生み出す原因ともなっていた。
「それよりもだ。ラニー、お前は港で銀鮫団を見たか?」
「いえ。それらしいのは……いませんでしたね」
「連中が嫌がらせでモハナを仕掛けただけならいいんだが」
その言葉にラニーの眉間に皺が寄る。
「その先があると?」
「ああ、どうにも嫌な予感がしていてな」
そう話している時に「艦長!」とブリッジのクルーのひとりから声がかかった。
「どうした?」
「南南西に艦影を発見しました。五……いや七隻はいます」
「は? 七隻だと? 魔力レーダーの反応はないぞ?」
竜雲海は海に見えるが高密度の魔力の霧であり、遠方の目視確認は難しい。そのために竜雲海の魔力をフィルターして感知するレーダーがタイフーン号には備わっているのだが、目視確認できている雲海船の反応が未だに捕捉できていなかった。
「一隻は以前に遭遇した銀鮫団のものと一致。それと二隻は大型です」
「レーダーが故障したんじゃないとすれば……まさか艦長。こいつは軍用のジャミング?」
「大型の確認ができました。サングリエ艦級二隻です!」
その報告を受けて、ギアは正面の艦隊を睨みつけながらこう口にした。
「ああ、そういうことか。連中、ゴーラ武天領軍と組みやがったな」