019 愚か者の選択
『査察官。つまり俺の存在はハンターギルドに保証されているわけだ。ただのハンタークランの団長ということだけではなく……な』
そう口にするギアの言葉に港が静まり返る。それが何を意味するのかを彼らは理解できておらず、であれば……と、ギアの言葉の続きを待った。
『その査察官の俺が見たところではザナド天領のハンターギルドのギルド長モハナ・カザンは銀鮫団からの指示を受けて、ハンターギルドを私的に利用し、違法な活動を行なっていると判断している』
「な、なな……」
『これはハンターギルド法の重大な違反であり、査察官である俺はこうした緊急事態において容疑者であるモハナ・カザンのギルド長の任を解き、捕縛する権利を有しているわけだ』
「なんなんです、それは!?」
モハナが思わず叫んだ。
ハンターギルドを容認している八天領はそれぞれが査察官を任命する権利を有しているのはモハナも知っている。実際三年前にこのザナド天領にヘヴラト聖天領から査察官が来たことがあり、モハナはその際にどうにかこの天領の現状を誤魔化して帰らせることに成功していた。
「嘘をつくな。クランの団長が査察官に任命されるなど聞いたこともないぞ」
『お前が聞いたことがあるかどうかなど、こちらが知ったことか。八天領が得ている任命権を誰に使おうがそれぞれの判断に任せられているのだからできないというわけじゃあないさ』
モハナの言葉をギアは即座に切り返す。
『馬鹿正直に役人だけが選ばれるとでも思っていたのか? 信頼さえできるなら現場の人間の判断のほうが正しいと考えるのは当然のことだ。実際に間抜けが一匹引っかかっただろう。なあ、モハナ・カザン?』
ギアの言葉にモハナが言葉を詰まらせる。
(どういうことだ? つまり、私はこのままだと不味いのか?)
考えれば考えるほどにモハナの顔色が悪くなっていく。
『俺が査察官としての立場を明かし、現在のギルド長の資質が不適格だと判断した以上、現時点でのハンターギルドの管理は俺の手に委ねられる。ということはこちらに攻撃をした時点でハンターギルドを攻撃したも同然ということになるわけだ。つまりは……だ』
そして『もしも天領軍が攻撃して来たとして』とギアが口にする。
『俺たちがこの場を逃げ切ってヘブラト聖天領にまで報告が届いた場合、この天領はハンターギルドとの繋がりを断ち切られる可能性もあると理解してもらいたい』
『馬鹿な。ハンターギルドが天領を見捨てるというのか?』
焦った声で返答したのはザナド天領軍の司令官だった。それはもはや天領に対しての処刑宣言のようなものだ。
『見捨てるも何も……ハンターギルドは八天領を中心としたすべての天領によって共同管理されている組織だ。そこに弓引くのであれば結果は推して知るべしだろう。分かるか司令官殿。ザナド天領軍がこの件に加担したとすれば、八天条約違反は確実。当然この天領は条約からは外される。その場合は第三者による占領が行われたとしても黙認されると思っておいた方がいい』
『ぐぬ。どういうことだモハナギルド長』
司令官が声を荒げてモハナに言う。彼らはあくまで自分たちの天領を護るために黙認という形でモハナや銀鮫団に対して協力しているのであって、運命共同体というわけではない。天領を危険に晒す真似などもってのほかだ。
「は、ははは、あんな話は嘘です。出鱈目です。世迷言です。戯言です。そんな馬鹿な話はありません。あって溜まるものか!」
『し、しかしだな』
「それに事実だったとしてもここでこいつらを皆殺しにしてしまえば良いだけのことでしょう」
『何だと?』
「天領軍は今まで通り黙って見ていればよろしい。やれお前たち。アール団長に逆らうつもりがないのであればな!」
追い詰められたモハナがそう叫んで号令を出すと「オォオオオオ」と叫びながらハンターたちのアーマーダイバーが動き出した。彼らは銀鮫団の直属ではないものの、傘下のクランメンバーたちである。脛に傷があるものがほとんどで、故にギアの言葉が正しければモハナ同様に追い詰められるであろう立場にあった。だからこその暴走。けれども、所詮は三流の小悪党でしかない。そして……
『キャリバー。そこは全部私の間合い』
動き出したアーマーダイバーたちに対して、タイフーン号の中から飛び出た無情の刃が牙を剥いた。それはオリジンダイバーフレーヌの専用装備による光刃での広範囲斬撃であり、それを避けられる者などその場にはいなかったのである。