018 白を黒に・黒を白に
「風の機師団、諸君らには銀鮫団が討伐した飛獣の素材を強奪したという容疑がかけられている。大人しく投降したまえ」
ザナド天領のハンターギルド長モハナ・カザンがマイクに向かってそう口にした。
モハナは長年ザナド天領のギルド長をしており、彼の地位は銀鮫団によってもたらされたものだ。当然彼は銀鮫団派であった。そもそも禁輸などの後ろ暗いことにも手を染めているし、闇に葬った人間だってひとりやふたりではない。正しく共犯者であり、銀鮫団とは運命共同体の関係にある。
そんな彼が視線を向けているのはランクBクランである風の機師団の雲海船タイフーン号だ。
モハナはここに来るまでに準備を整え、周囲には銀鮫団傘下のクランや、今口にした罪状を理由に天領軍も連れてきていた。ランクBのクランとてここまでの戦力を整えられれば、従わざるを得ないと信じて。もっとも風の機師団がそんな彼の思惑に乗らなくてはならない理由などない。
『容疑ねえ。そいつは面白いな』
そして通信で返ってきたのはそんな言葉であった。
『それじゃあお前さんは銀鮫団がたかだか一隻の船しか持たないクランに獲物を掠め取られた上に逃げられたというわけか。銀鮫団ってのは間抜けの集団のようだな。ラダーシャに着いたらアンタがそう吹聴していたって喧伝しておいてやろうか』
風の機師団団長のギア・エントラン。
先ほどハンターギルドの施設に来た際に数度言葉を交わしたが、元アーマーダイバー乗りということもあるのだろうが歴戦の勇士という雰囲気を纏う男であった。
(口の減らない……これだから元アーマーダイバー乗りは)
モハナの眉間に皺が寄る。ザナド天領に先回りした銀鮫団のメンバーから予め事情を聞いていたモハナは当初はビッグジョーを一度受け取った後に難癖をつけて素材を没収するつもりであった。
けれどもギアはそうしたモハナの企みを察したのか、取引もせずに施設から去ってしまった。だからモハナはやむなくこうした大立ち回りをせねばならなかったのである。
「銀鮫団はザナド天領を護る勇者たちである。根無草の諸君らとは比べるまでもない。どうせ卑劣な手段で奪い取ったのだろうから彼らの栄誉に傷がつくことはあり得ないだろう」
『はっはっは、面白い冗談だ。それで天領軍もいるようだが、そちらも同じ認識ということでいいのかね?』
モハナの言葉を戯言とこき下ろしたギアの問いに天領軍も反応を示した。
『貴殿らの狼藉は聞いておるよ。我らはこの島の治安を護るためにこの場にいる。自身らにやましいことがないと言うのであれば大人しく船から降りてくることだ』
そのやり取りにモハナがほくそ笑む。
ザナド天領軍もどちらが正しいのかなどは百も承知のことだ。けれども彼らは天領を護るために銀鮫団の戦力を必要としているため、領法に違反しない限りではモハナと銀鮫団に協力していた。それはそうせざるを得ないほどに小規模の天領はハンターに依存しているということでもあった。
その後にモハナが罪状をでっち上げて素材を没収しようと、それはハンターギルド内のことと目を背けてくれる便利な存在だった。けれどもモハナは気付いていなかった。それが有効なのは『相手が素直に従った時だけ』だということに。
『なるほど。まあ、いい。仕方がない。それがこの天領の判断であれば、尊重はしよう』
ギアの言葉にモハナが笑みを深めたが、次の言葉を聞いてその表情が固まる。
『けれども我々は我々の判断で行動をする。そして、その結果として、そちらがこちらに手を出すなら覚悟はしておいた方が良い』
『なんだと?』
天領軍の指揮官が疑問の声をあげた。
『俺は風の機師団団長ギア・エントラン。そして同時にヘヴラト聖天領よりハンターギルドの査察官としての役割も与えられている。まあ根無草の高ランクギルドの団長には一定数いるんだが……知らないのか?』
その言葉にモハナの口から「は?」と間の抜けた声が出た。