017 鮫の巣
「ハァ……ここは駄目みたいだな」
ブラギア天領からラダーシャ大天領に向かう途中、タイフーン号はダブついた素材を売りに近隣にあったザナド天領へと立ち寄っていた。
そこはブラギア天領よりも小規模で、またブラギア天領と比べても相当に治安が悪い天領のようだった。もっともハンターが入れる天領の領地は港町に限定されていることが多く、港町は領内の掃き溜め的な側面もあるのだから大概治安はよろしくないのだが。
そんな港町の様子を甲板から見ながらコーシローが呟いたのが先ほどの台詞であった。
「艦長たちも苦い顔して戻ってきたけど、ビッグジョーはここで卸ろさないの?」
タイフーン号でお留守番をしているルッタがそう尋ねた。基本的にルッタは単独で船を降りることを許されておらず、外に出る時には護衛としての付き添い……シーリスやリリと共にいるのだが、今回は彼女らも船から出ることはなかった。
他の船員にしても補給のためなどの最低限の外出のみである。ただ治安が悪い……というだけではなく、この天領からは風の機師団に対しての敵意が感じられていたのだ。
「そうだな。保管庫にはドラゴンやロブスタリアが入っているし、艦長たちもビッグジョーはここで売りたかったんだろうがここは銀鮫団のホームで、連中の影響が大きいみたいなんだよ」
「はぁ、それじゃあ焼肉パーティは延期かぁ。そんなことあるんだ?」
「あるのよ。場所によっては……だけどね」
そう返したのは、ルッタたち同様に甲板で休憩していたシーリスだ。
「飛獣の群れの動きは竜雲海の流れ次第で変わるから天領軍だけですべてを対処し続けるのは難しいでしょ。戦力って維持し続けるだけでコストがかかるものだから」
飛獣の少ない時に最大の戦力で守っていては天領の予算を圧迫し続けてしまう。だからこそ移動可能な戦力としてハンターが存在し、アーマーダイバーも利用が許されている。
「だからあたしらハンターがいるわけだけど、ここみたいにひとつのクランが幅を利かせてると天領も逆らえなくなっちゃうんだよね。特別扱いしないと飛獣を倒さないぞって脅しをかけてね」
「それって別のクランに頼むんじゃ駄目なの?」
首を傾げるルッタにシーリスとコーシローが苦笑いをする。
「それもありだけどね。そういうクランにとってここはアウェーで、嫌がらせを受けたりとかすれば出ちゃうのよ。呼ばれるぐらいの腕ならどこでも稼げるのに居心地悪いところなんていたくないでしょ」
「場合によっては昨日の俺たちみたいに竜雲海上で仕掛けられて殺されることもあるからな」
最悪な話にルッタがうわーという顔をする。
「理不尽な話だろ。それでも天領を守るっていう最低限の役割を果たしてるんならある程度の横暴も許されちまうってのが現状だ。ま、ここくらい小さな天領だからこそのあるあるではあるけどさ」
天領はそれぞれが自治権を有しているが故に外から手を出すことにも色々と制約がある。世知辛い世の中であった。
「面倒な話だね。となると、ここでビッグジョーの素材を売ろうとすると」
「難癖つけて取り上げた上に銀鮫団から奪われたものだーなんて言われかねないな」
コーシローの返しにシーリスがうんうんと頷く。
「そんな横暴許されるんだ?」
「天領共通の八天条約に則れば駄目だ。けど基本天領ってのはそれぞれの領主に自治が任されてるからな。で、曲がりなりにも天領に貢献しているクランとさっさと出ていくクランで争ってたら天領はどっちに付くと思う?」
「正しい方……とはならないってことだよね」
「そういうこと。まあハンターギルド自体はひとつの組織だからハンターを取り締まる法もあるんだが……何分天領同士に距離があって真贋見極めるのが難しい」
「えーと。それじゃあ売れないビッグジョーはどうするのさ?」
「肉は船内で食う分だけ確保。保管庫はドラゴンとロブスタリアの肉で埋まってるからビッグジョーを入れるスペースはほとんどないし、保管できないのは食べるか捨てるしかないだろうな。勿体無いけど」
コーシローが肩をすくめながらそう返す。そして、そんなことを話していると何やら外が騒がしくなってきたのにルッタたちは気づいた。
「なんだろう?」
「分かんないけど、シーリス、ルッタ。機体に入ってろ。場合によっては動くかもしれないぞ」
「了解」「はいよ」
そう返したルッタとシーリスがガレージに向かって走り出すのを見送ったコーシローが船の外へと視線を向ける。
「やれやれ、簡単には出してくれそうにないな」
見れば港周辺を天領軍とハンターギルドのアーマーダイバーが囲み始めているようだった。そしてザナド天領のギルド長から通信がタイフーン号にあったのは騒ぎになってから十分後のことであった。