016 キジも鳴かずば……
「噂?」
ヴァイザーが眉をひそめて首を傾げる。ここまでの話の流れから、それが風の機師団に関連するものだろうことはヴァイザーも理解したが、どういった内容の噂なのかについての心当たりはなかった。
「ああ、ブラギア天領で無人島にドラゴンが出たらしくてな。で、そいつを討伐したのが連中、風の機師団って話だ」
その答えに対してヴァイザーは「へぇ」とだけ言葉を返す。
ドラゴン退治は珍しくはあるが、まったくないものではない。ある程度の戦力が揃っているランクC以上のクランが複数でかかれば討伐も不可能ではないだろう。犠牲を考慮しなければ銀鮫団だけでも可能なはずだ。そしてオリジンダイバーを有している風の機師団なら、彼らのクランだけでも十分に可能だろうとヴァイザーは考えた。
「オリジンダイバーがいるなら無理って話じゃあないでしょうよ」
「まあな。けれど、討伐したのはオリジンダイバーじゃあない。殺ったのは新人の若いアーマーダイバー乗りで、しかも単騎で挑んで仕留めたらしい」
「はは……盛り過ぎだろ。そいつぁ」
思わず笑ってしまったヴァイザーだが、アールの表情は硬い。
「俺も話半分で聴いてたさ。何しろその新人ってのは十二歳のガキって話だ」
「ハァアアアア?」
ヴァイザーが驚きの声を上げるが、先ほどの蒼い機体の乗り手の若い声を思い出して「まさか」と口にした。
「普通に考えれば馬鹿馬鹿しい話だ。馬鹿馬鹿しい話なんだが」
アールが目を細めてヴァイザーを見る。
「ヴァイザー、テメーがいっぱい食わされたあの蒼い機体の乗り手は十二歳のガキだったと思うか? 竜殺しだったと思うか?」
「確かにガキっぽい感じだったが……いや、だが……」
荒唐無稽な話にヴァイザーが困惑した顔をする。さすがにそれはないだろうと思ったし、何よりも自分をコケにした相手が本当に子供だったとは考えたくもなかった。けれども声色や話し方を考えれば、確かにとも思えてくる。
「まあ、ともかくだ。噂の真偽はどうあれ、ヤツらがドラゴンを討伐したのは事実だ。つまり連中はビッグジョーだけではなく、ドラゴンの素材まで溜め込んでるってわけだ」
そう言いながらアールがヴァイザーに暗い視線を向ける。
「羨ましい話だな。なあヴァイザー?」
その言葉にアールの意図を察したヴァイザーの口元が吊り上がった。
「そう言うってことは……やるんでいいんだよな団長?」
「そいつはお前の返答次第だヴァイザー。お前の翼を折ったアレがドラゴンスレイヤーだった場合、本気で挑んだとして殺れんのかって話だよ」
その問いにヴァイザーがわずかばかり考えた後「やれるさ」と口にした。けれどもその眼に驕りはなかった。獲物を狩るために全力を尽くそうとする獣の眼をしていた。
「銀鮫団を全部使う。フル装備でやる。数で潰す」
「そうかい。俺ひとりで……なんて口にしないようで安心したぜ」
アールが肩をすくめてそう言うが、ヴァイザーは「けど」と返した。
「オリジンダイバーまでは無理だ。ヤツが加わるなら勝てねえだろうさ」
その言葉にはアールも頷く。自身のクランのエースは傍若無人で扱いにくくはあるが、冷静になれば見誤らない。だからこそ彼らはのし上がってきたのだ。ここまでは。
「つまりオリジンダイバーをどうにかできりゃぁ、殺れるってわけだな」
何かを考え込みながら問うアールにヴァイザーが眉をひそめる。
「なんか当てがあんのかよ団長?」
「ああ、風の機師団にはもうひとつ噂があってな。それが正しくて、そして俺の読み通りなら……この先のザナド天領を越えた先で」
アールが獰猛に笑った。
「あの舐め腐った連中に一泡吹かせられるだろうよ」
その判断が果たして正しいものであったのか否か、この時点での彼らには当然分からない。ただ、オリジンダイバーに匹敵するイレギュラーの存在、それに気付けるか否か……それが彼らの運命の分水嶺だったのは確かであった。