015 怒りの鮫たち
「畜生がッ。邪魔してんじゃねーぞ、テメエら」
銀鮫団の雲海船に帰還したヴァイザーの目の前には血まみれの男たちが床に転がっていた。
彼らはヴァイザーを無理やり引き戻したアーマーダイバー乗りたちであり、倒れているのはヴァイザーが八つ当たりをした結果であった。アレだけ自分を舐め腐った相手を前に情けなくも引き摺られて退がったことなどヴァイザーにとっては初めての経験だ。故にその屈辱に対する怒りは相当なものだった。
また整備士たちも怒れるヴァイザーを恐れてその場を去っており、今までヴァイザーの罵声以外の音がしなかったガレージ内だが、ふとカツンカツンと誰かの足音が近づいてきたことにヴァイザーは気付いた。
「ヴァイザー、八つ当たりしてんじゃねえぞ」
足音の主は銀鮫団の団長アールだ。そのアールに対してヴァイザーが苦い顔をしながら口を開いた。
「うるせえよ団長。それよりもよぉ。あれで良かったのか? 舐められっぱなしだぜ?」
「いいも何もどうしようもねえだろうが。フライフェザー片翼だけでやれたのか、あの蒼いのに?」
「……!?」
アールの問いにヴァイザーが顔を歪める。
「ただでさえ風の機師団は少数精鋭の連中だ。クランが分裂して一時期は鳴かず飛ばずだったようだが、今じゃあオリジンダイバーを加えて勢いがありやがる」
風の機師団の名はヴァイザーも知っている。少数ながら銀鮫団と同じランクBクランの位置に居続ける老舗のハンタークラン。
かつて勇名を誇っていた時の頃のアーマーダイバー乗りは鉄壁の二つ名を持つジェット・リスボンだけだが、現在の風の機師団にはオリジンダイバーがある。それは明確な脅威であり、たとえ数の上で優っていても容易に覆されかねないことをアールだけではなくヴァイザーも理解していた。
「ガキ相手にちょっと油断しただけさ。機体だってマルゴーの方に乗っていればあんな連中」
マルゴーとはヴァイザーが所有する高出力型アーマーダイバーの名前だ。もっともヴァイザーはその機体の損耗を抑えるために普段は量産機のフォーコンタイプに乗っており、先ほどもその量産機に乗っての戦闘だった。
「ハッ、オリジンダイバー相手にか? よく言うぜヴァイザー。アレはヤバい。量産機と高出力型の差以上に厄介なシロモノだ。んなこた、テメエだって分かってんだろうがよ」
アールの言葉にヴァイザーが怒りで顔をさらに歪めるものの言い返すことはできなかった。
一般的に量産機の出力を1とするなら高出力型は1.5倍、オリジンダイバーは2倍あると言われている。
もちろん機体によって若干前後はするが量産機と高出力型に関していえばその認識はおおよそ正しい。八天領の所有する生産工場によってアーマーダイバーは生み出されるが、常時生産されている量産機に対して、高出力型はオーダーメイドでの生産となり、出力についても調整は可能なのだが、その上限は1.5倍でそれ以上は出せない。
対してオリジンダイバーはそもそもが生産工場同様にイシュタリア文明の遺跡から発掘された遺跡兵器であり、2倍とは最低でもという前置きがつき、実際のオリジンダイバーの多くは量産機の2倍以上の出力を有している。さらに兵装も特殊なものが多く、対アーマーダイバー戦のセオリーが通じないともされていて、実際多くのアーマーダイバーがオリジンダイバーに蹴散らかされてきた。
「アレだけでうちの戦力の半数がやられるかもしれねえ。しかも鉄壁ジェットを崩せねえと逃げられちまうだろ」
「忌々しい。クソ面倒な連中だな」
「オリジンダイバーとジェット以外ではシーリスって女の乗り手もいるらしいが、こいつはまあ優秀であっても逸脱はしていない。数で押せば殺れるだろうさ」
アールもシーリスを侮っているわけではないが、風の機師団に在籍して既に数年いても目立った活躍を聞かないのだから予想の範囲以上の実力ではないと判断していた。
「で、問題なのはお前と相対した蒼い機体だ。お前アレに勝てるのか?」
「ァアン?」
馬鹿にされたと考えたヴァイザーがアールを睨む……が、アールの冷たい眼差しに舌打ちして視線を逸らした。
「ガキ臭え声だったが機体の動きには迷いがなかった。量産機ではあったが。クソッ、思い出したらまたムカついてきた」
ヴァイザーとてアーマーダイバー乗りとしては優秀な部類で、さらには高出力型に乗れるだけの魔力量がある。だからこそ認めないわけにはいかなかった。自身の機体に傷をつけた相手が雑魚であるはずがないのだ。そんな複雑な面持ちのヴァイザーにアールが口を開いた。
「実はな。今回の狩りの前に妙な噂を聞いたんだ」
破滅に向かって突き進む人たち。