014 ノーコンを煽る
『ハッ、随分と都合のいい話だね。先に撃ったのはそっちだろうに』
シーリスが牙を剥いて耳を立てながらそう返した。
もっともヴァイザーを除けば、銀鮫団の面々はすでに銃口を下ろしていて、そのヴァイザーに対してもルッタが付いている。だからギアも眉をひそめたものの即座に攻撃を仕掛けようとはしなかった。
『それが誤解なんだ。こっちはあんたんとこの機体を狙ったわけじゃねえ』
『ほぉ、じゃあ何を狙った? 俺は風の機師団の団長ギア・エントランだ。どういう誤解か説明してもらおうかアールとやら』
そのギアの返しに苦々しいという感じの声でアールが口を開く。
『やっぱり風の機師団か。ついてねーな。加勢だよ。加勢。お前らがピンチだったように見えたからヴァイザーがちぃと焦っちまったんだよ。そうだなヴァイザー?』
『ハァ? チッ。あーあー、そうだよ。そういうことだよ。クソが』
不貞腐れた声が返ってくる。その様子にギアが額に青筋を立てながら笑う。
『なるほどな。死んだ飛獣に俺らが襲われてると思ったり、狙いを外してウチの機体に当てかけたり、銀鮫団ってのは素人の集まりのようだな』
『ああ?』
その言葉に銀鮫団から殺気が湧きかけるが、フレーヌがわずかに動いただけで霧散した。それがギアが戦闘に入らなかった最大の理由だ。
彼らはブルーバレットでも風の機師団でもなく、ずっとフレーヌへと視線を向けていた。彼らの目には怯えがあった。オリジンダイバーという竜雲海の上では絶対的な存在に敵対することを忌避しているのだと察していた。
『ぐ……そいつはすまねえと思っているが……だがなぁ。そこのビッグジョーは元々俺らが追ってた獲物だ。横取りしてきたのはアンタらの方なんだぜ』
『ああ、そうかい。それならこちらが戦闘に入る前に主張するか、協力を仰ぐべきだったな。応じるかどうかはともかく話にはなっただろうさ』
アールの言葉に刺々しい口調でギアがそう返す。
『だがお前たちはこちらが狩ってる間、指を咥えてただ見ていた。どんな間抜けでも狩りを放棄していたんだって考えるだろうよ』
そのやり取りにルッタが首を傾げる。
「シーリス姉、どういうこと?」
『あいつらがビッグジョーと戦っているのを観察してたって艦長言ってたでしょ。連中は元々ビッグジョーを狙っていて、けれどもこっちがビッグジョーとかち合うのを黙って見てたってわけさ。多分こちらが全滅した後を狙って狩るつもりだったんだろ』
「ああ、なるほど。生き物なら食べてる時が一番隙ができるしね」
つまりは見捨てる気だった。これ幸いと餌にするつもりだったというわけだろう。
『けど、目論見が外れてこっちが全部仕留めちまった。だから慌ててやってきたってところだろうね』
「それってこっちが何か譲る必要ってあるの?」
『いんや。近くに飛獣がいますよって報告する義務なんてないからその点ではあっちにも非はないけどね。艦長が言った通り、戦闘中にでも連絡があって共闘でもしてれば手に入れた素材を分ける話もあっただろうけど、黙って見てただけだし、こちらに攻撃した上で自分たちが討伐したと偽装しようとしたんだ。こっちが譲歩する必要はないよ』
「あー、そりゃそうだね」
当然といえば当然の話だ。働かざる者食うべからず。ましてや戦闘終了後に襲ってきた連中である。譲歩してやる理由がどこにもない。
『ルッタ、相手が仕掛けてくる可能性もあるから油断しないようにね』
「了解」
ゲームとは違う。ステージクリア後もシームレスに状況は展開する。残心は忘れずに。ルッタは今にも爆発しそうな気配を漂わせているヴァイザーを見ながら頷いた。
そして、そんなことをルッタたちが話している間にも両クランの団長同士の話は続き、ビッグジョーの引き渡しは当然ながら拒否し、タイフーン号で持ち運べぬクラックジョーの素材を正規の倍の価格で売り、また先ほどのルッタに対する砲撃の賠償金も払うことで話がついた。
なおルッタに対する砲撃は本当に狙ったものではなかったようである。ギアはそれを言い訳と切って捨てたが、ルッタはなるほどと腑に落ちた顔をした。
(先ほどの一撃は明らかに射程圏外から撃たれたものだったからなぁ。でもあのヴァイザーってヤツ、あんな離れた距離から精密砲撃ができるような相手には見えなかったし)
ビッグジョーを倒したと宣言するために適当な場所に撃って、誤ってブルーバレットのいた場所に落ちたというのが真相のようで、ルッタは肩透かしを食らったような気分だった。
(結局オリジンダイバーがいるこっちには戦闘で挑まず、イチャモンつけて分け前をぶん取ろうと考えてたわけか。セコいなぁ)
けれども風の機師団側からすれば幸か不幸か、ルッタが(かわしたものの)攻撃を受けて戦闘の状況が発生してしまったためにアールは命乞いをする必要が生じた。
もちろん、故意か否かは問題ではなく結果だけが真実だ。不幸な事故という銀鮫団の主張に風の機師団が取り合う必要はない。そして先に手を出してきた弱みとオリジンダイバーの存在によってギアの要求はその多くが通る形で両者の話は終わったのである。
そんな状況に納得がいかないという顔をしてるのはもちろん銀鮫団のエースであるヴァイザーだ。
『ケッ、つまんねえなぁ。やり合わねえのかよ団長?』
『自重しろヴァイザー』
『はいはい。あ』
本当に一瞬のことだった。ヴァイザーが笑いながらアームグリップを操作してビッグジョーの方へ銃口を持ち上げ、
「『手が滑った』」
銃声と共にバキンッという音が響き、ヴァイザーの撃った魔導銃の魔鋼弾は明後日の方向に飛んでいき、そして竜雲海内から飛び出した魔導剣がヴァイザーの機体のフライフェザーを斬り裂いていた。
『て、テンメェ』
「あ、ごめんなさい。ワイヤーアンカーの先に魔導剣を結んでいたことを忘れて巻き戻しちゃいました。あははは」
ヴァイザーが声を震わせながら睨みつけるがお互いアーマーダイバーの中だ。相手が殺すような視線を向けていることに気づいているのかいないのか、けれどもルッタの言葉は煽りとしては十分なものだった。
(ワイヤーアンカーを通しても魔力の供給はできるからなぁ。まあ普通は銃で撃った方が速いし正確なんだけどさ)
ルッタはヴァイザーが何かしてきても対処できるようにあらかじめ罠を仕掛けていたのだ。
相手に気づかれぬように魔導剣を吊るしたワイヤーアンカーを竜雲海の中に沈めていた。
そしてヴァイザーが動いた瞬間にワイヤーアンカーを巻き戻し、その勢いを利用して戻ってきた魔導剣でヴァイザーのフライフェザーの片翼を切り落としたのである。
無論、忘れて巻き戻したなど嘘であった。
「まあ、お互い様ってことでしょ」
『テメェはッ』
ヴァイザーが怒りに任せて動こうとするもアールが『ヴァイザー』と強い口調で制止したことで押し留まる。
『戻るぞヴァイザー。手癖の悪い仲間がいるとお互い苦労しますなギア団長』
『まったくだ。ま、若い連中同士はこれぐらい勢いがあった方が良い。お互い良い勉強になったでしょうよ』
悠然とその場に立っているブルーバレットとフライフェザーを片方無くしてフラフラのヴァイザー機を見れば、どちらが勉強になったのかは明らかだった。
『糞が。覚えてろよクソガキ』
「了解、ノーコンの人。ちゃんと覚えたよ」
『テメ、ぐぁあああああああ』
『付き合うなヴァイザー。お前ら連れていけ』
ルッタの前で奇声を発するヴァイザーの機体が他の銀鮫団の機体に掴まれて去っていく。その様子を見ながらルッタが「フッ」と笑った。
「また煽りカス相手に勝利してしまった。敗北が知りたい」
前世のネットのレスバトルの記憶が何故か脳裏によぎったルッタであった。なお、賠償金は丸々ルッタ個人の臨時収入となったので次の天領でクルー全員に焼肉を奢ることをルッタは約束したのであった。
銀鮫団の殲滅は少々お待ちください。