013 横槍を横槍る
『リリの勝ち』
「こっちも終わりました」
『ハァ。リリだけではなくルッタも大戦果ね。あー自信無くすわ』
戦闘終了の報告はリリとルッタの双方からほぼ同時に告げられ、ジェットと共にタイフーン号の護衛に回っていたシーリスが大きくため息を吐いた。
もっとも、そのシーリスも五体のクラックジョーを仕留めている。ビッグジョーとクラックジョーの群れはすでに壊滅し、後は素材の回収のみとなっていた。
「うわー、プカプカ浮いてきてるなー」
ルッタが目の前の光景を不思議そうに見ている。
竜雲海は高密度の魔力の霧である。だから見た目は緑の海に見えて、実際は雲海の名の示す通りに雲のようなものだ。そして死んだ飛獣は飛膜以外の部位も竜雲海を浮かぶ機能がある程度備わっており、体内魔力が尽きるまで竜雲海の海面に浮かんでいる。
体内の魔力反応が完全に尽きると飛膜の機能が消えて深海へと落ちていくため、その前に必要な部位の回収がハンターの戦闘後の仕事となるのだ。ともあれ、そうした光景に慣れていないルッタは不思議な気分でそれを見ていたのだが
「!?」
一瞬の違和感。それを感じたルッタが即座に機体を動かしてその場を離れると、直後に何かしらの飛翔物体がブルーバレットの元いた場所に落ちて爆発した。
「なんだ?」
ルッタが驚きの声を上げる。今のは飛獣の攻撃ではなかった。飛んできたのは明らかに魔力で作られた弾丸。つまりは『人間から攻撃を受けた』のだ。
『飛獣……じゃないねえ艦長、どうなってるんだい?』
『戦っている間、離れた場所でこっちを観察してる一団がいた。まさか仕掛けてくるとはな』
そう口にしたギアがラニーに命じて、各アーマーダイバーに観測された一団の座標を送る。
『確かに離れてるけど……もっと早く情報を送ってよ艦長』
シーリスが苦い顔をしてぼやくが、ビッグジョーたちとの戦い以外に集中して欲しくなかったし、いざとなれば『切り札を出す』つもりであった……という意図はあったにせよ、不意を打たれて攻撃されたのだから判断ミスには違いない。だからギアもシーリスの言葉に対して『そうだな。すまなかった』と謝罪を返した。
そしてスピーカーから唐突に耳障りな声が聞こえてきた。
『ヒャッハー、俺の魔鋼砲弾がビッグジョーを仕留めたぜ』
『あん? なんだアイツ』
シーリスが眉をひそめる。
見ればギアが観察している一団のいるという方角から十機ほどのアーマーダイバーが近づいてくるのが確認できた。また後方には四隻の雲海船とさらに十機ほどのアーマーダイバーもいるようだ。
『よぉよぉ、盗人ども。俺様は銀鮫団エースのヴァイザー・ノッシュだ。人の獲物を横取りしようとしやがったみたいだがなぁ。やったのは俺だぜ?』
『シーリス、何を言ってるのアレ?』
リリが首を傾げる。
『あー、要するにウチらの獲物の横取りしようってんでしょ。さっきの一発で自分が倒したってことにしたいんじゃないの?』
『当たってないし。直撃はリリのキャリバーのみだから』
『あん?』
ヴァイザーが浮いているビッグジョーを見ると確かに致命傷は切り傷のみ。撃たれた部分もそれほどの損傷ではないようだった。
『なぁるほどなぁ』
うんうんと頷くヴァイザーが笑みを浮かべた。
『じゃあ当てりゃあいいんだろ』
「当たればね」
『!?』
ヴァイザーの乗る機体のショルダーカノンがビッグジョーへと向けられる直前に竜雲海の中から何かが飛び出し、バランスを崩したヴァイザー機から放たれた砲撃が明後日の方へと飛んでいった。
『なんだぁ、テメェ』
「リリ姉の獲物に手ぇ出すなよノーコン野郎」
飛び出してきたのは竜雲海を潜水して身を隠していたブルーバレットであった。
『声からしてガキクセェな。邪魔しやがって。ぶっ殺されてぇのか?』
「ハァ……話通じなさそうな人だな。艦長。こういうときどうしたらいいんです?」
十機に囲まれているにもかかわらずルッタは焦ることなくギアに尋ねる。少なくとも実際に撃ちかねないのはヴァイザーの機体のみのようで、であれば対処可能とルッタは判断していた。
『ルッタ。そういうのはまずこっちの指示を待て』
「あ、すみません」
ルッタが謝るとギアが笑う。
『とはいえだ。今回はよくやった。大事な商品を傷付けられそうだった上に仕入れ方法にもケチつけられるところだったからな』
ギアの声には怒りが込められていたが、その矛先は当然ルッタではない。横槍を入れてきた無礼者どもに対してだ。
『いいかルッタ。この職業は舐められたらお終いだ。ここでこんなクソみたいな連中に獲物を譲ったなんて話が広まったら俺たちはこっから先、毎回たかられて飯代をまともに稼ぐこともできなくなるだろうさ』
「つまりは?」
気がつけばジェットの乗るツェットがビットスケイルを展開してタイフーン号を守り、シーリスのレッドアラームが魔導長銃を構え、リリのフレーヌもタレットドローンを展開してヴァイザーたちを取り囲み始めていた。
『仕掛けたのはあっちだ。だったら』
『待ったぁあ』
ギアが言い切る前に、通信に割り込みが入った。
『俺は銀鮫団の団長アール・ナガトだ。誤解が生じているようだ。双方、銃を下ろせ』