012 雑魚狩り
「ふぅう」
ルッタが息を整える。バイザーには赤い光点が周囲を囲むように点在しており、コクピット内には警告音が鳴り響いている。
『ルッタ。こっちは手が離せない。そっちはそっちでなんとかしてもらえるかい?』
「はい、問題ないです。シーリス姉はジェットさんと船の護りについていてください。それよりもリリ姉の」
ルッタが話している途中で激しい爆発音が聞こえた。そして次の瞬間には雲海の中から20メートルはあろう虹色の翼が生えた鮫のような飛獣とリリの乗るフレーヌが飛び出してきたのが見えた。
「リリ姉の戦いに巻き込まれないようにしてください」
『そっちもねッ』
フレーヌの魔導長銃による正確な狙撃とタレットドローン四機による包囲攻撃。それが着実に巨大飛獣にダメージを与えているのが離れていても確認できる。
(しっかし、アレはさすがに真似できないなぁ)
ルッタがリリの戦いっぷりを見てそう心の中で吐露する。
今リリが戦っているのはビッグジョーというランクB飛獣だ。
鮫に似た外見をしており、虹色の翼は大型雲海船の材料になるために高値で取引されている。それ以外の部位も高額で売れるため、リリはギアより羽には傷をつけぬよう、他の部位もなるべく損傷せず倒すようにオーダーされていた。
(ま、できないものはできないし、気にしてもしょうがないか)
倒すだけならルッタでもできるだろうが、タレットドローンを含めた実質五対一で追い込みながら狩る手法はルッタのブルーバレット一機では当たり前のように不可能だ。それは乗り手の腕の問題ではなく純然たる機体性能の差であった。
(そんじゃ、こっちはこっちで指示通りにやりますか)
ルッタはリリとビッグジョーの戦闘に巻き込まれぬよう気を配りつつ、自分のすべき行動に出る。
ブラギア天領を出て三日目の今、ルッタたちは唐突な飛獣たちの襲撃を受けていた。
そのために大物はリリが、ジェットの機体ツェットはタイフーン号の護衛に入り、ルッタとシーリスは周囲の他の飛獣たちの相手に回ったのだが、思いの外タイフーン号に攻撃する飛獣の数が多くシーリスも船の護衛に回ることになり、遊撃はルッタひとりになっていた。
(来たな)
迫る敵の数は合わせて十二体。すべて竜雲海の中を移動していた。そして、そのうちの一体の速度が変わり、ルッタへと向かい始め、それが竜雲海の海面に到達しようとした瞬間に
「まずは一体」
ルッタが魔導散弾銃の散弾を海面に撃ち放つと飛び出そうとした鮫型飛獣クラックジョーに直撃した。それに合わせて周囲の赤い光点が一斉に動き出す。
(一体以外は様子見してたな? 非情というか、突っ込んできたのが自分ひとりでやれるとイキった結果なのかもしれないけど)
ちなみに飛獣にとってアーマーダイバーの可食部は当然少なく、パイロットとフライフェザーの一部分くらいなもの。機導核はご馳走の匂いはするが、機導核を護るガードボックスはランクAクラスの飛獣でもないと破壊して中身を取り出すことはできないとの話だった。ともあれ匂いはするのでアーマーダイバーは疑似餌としても優秀だ。
「ま、喰われる前に喰ってやるさ」
ルッタがフライフェザーの出力を潜水域に調整して、竜雲海へと潜水する。
『ギゲェ!?』
「初めまして。そして死ね」
唐突に自分達の領域に飛び込んできたことに驚いたクラックジョーの一体をルッタは魔導剣で斬り裂き、並走していたもう一体を魔導散弾銃で吹き飛ばす。竜雲海の中の視界は悪いがレーダーは確かに彼らの反応を示している。その反応と移動を予測することで正確にエイムすることも不可能ではないのだ。
そして他のクラックジョーたちと距離を取りながら魔導散弾銃の銃身を折ると、水平に二つ並ぶ銃腔から空の魔弾筒を取り出し、続けて散弾の魔弾筒を込めていく。
(装填に手間はかかるのは……仕方ないとはいえ、アーマーダイバーの欠点だよなぁ)
アーマーダイバーの扱う魔導銃は弾丸を召喚の形をとって魔力で構築して造るものだ。保持できる弾丸の数は召喚した銃によって上限があり、一度尽きると再召喚の手順を踏まないといけない。再召喚はオートで行われるものの一定時間を要し、ロケットランチャーなどに使う魔鋼砲弾などは再召喚に時間がかかり、一戦闘中にはせいぜい一発程度しか補充できなかったりもする。
そのため、一定量以上の弾丸を溜め置けないので現代兵器のマシンガンや機関銃のように撃ち続けて弾幕を張るような真似はできない。一部の高出力型やオリジンダイバー、雲海船には連射可能な兵装もあるのだが、量産型しか乗れないルッタには扱えるものではなかった。
(ジェットさんみたいに雲海船経由の有線仕様で扱えなくはないか。でもアレ、かなり弄ってて普通の仕様じゃないんだよなぁ)
そんなことを考えながら、ルッタは一体、二体と着実に魔導散弾銃で撃ち倒すと近づいてきたクラックジョーを魔導剣で斬り裂き、別の個体からの噛みつき攻撃を避けてバックパックウェポンのグレネードランチャーで仕留めた。
そうした一連の動作は流れるように行われ、瞬く間に半数が殺されたことでクラックジョーたちの気配に動揺のようなものが走ったのをルッタは感じ取った。
(逃げる? させないよ)
向かってくるのならともかく、機動力のある相手に逃げ出されては手間がかかる。そう考えたルッタは次の瞬間には余計な思考を止め、全力で狩り出した。
そして、すべてのクラックジョーが倒されたのはそれから二分後のことであった。