010 最強が望む弟
機体整備を条件に近接戦闘の訓練のために雇われたブラギア天領のジャッキー団のジャッキー、ゴーン、キーズの三人が風の機師団の元でルッタと近接戦闘の訓練を始めてから一週間が経った。
その間に無人島が竜雲海に沈んだのをハンターギルドが確認したり、ブラギア天領の領主にドラゴンの肉等を卸したりと風の機師団も動いており、ようやく報酬も満額で支払われ、また食料からパーツまでの備蓄も不足なく揃えることができたのが今日であった。
そしてルッタの訓練に関していえば、こちらも順調な仕上がりとなっていた。
『オラオラオラァア』
「はっはー、ジャッキーさん。手数だけじゃあ勝てませんよ」
ブルーバレットとジャッキー機の魔導剣同士が激しくぶつかり合い、訓練場の周囲に火花が雨のように散っている。
(いやー、ジャッキーさんと会えて良かったなぁ)
そんなことを考えながらルッタはアームグリップを器用に動かし、また増設したテンキーもどきのデバイスを操作しながら打ち合いに応じていた。
『クッソ。本家本元はこっちだぞ』
「弟子が師を超える時が来たんですなー」
『一週間で超えるんじゃねえ!』
そうジャッキーが叫ぶほどにブルーバレットの剣術は見るからに様になっていた。もっともこれはルッタが剣術を覚えたため……という理由がないわけではないのだが、主な要因はルッタがジャッキーの動きをトレースしてブルーバレットに学習させ、それをコマンド化させたためであった。
ルッタは覚えさせたアクションをコーシロー考案のテンキーもどきのそれぞれのボタンに登録するという、いわゆるマクロ化を行って複雑な動作を可能とさせており、ただ振るだけ、ただ突くだけの単調な動きから戦術として扱えるほどにまでブルーバレットの動きを昇華させていたのである。
一方でジャッキーもそんなルッタの成長に発奮され、またルッタ直々のフルメンテも受けて新品のように動けるようになった愛機によって総合的な能力が上昇していた。
『へっ、悪りぃがなぁ。一日の長ってヤツを見せてやるよ』
さらにジャッキーは彼の機体にもテンキーもどきを設置してもらい、ルッタがジャッキーシステムもといジャッキー流剣術と呼称する機能もコピーされていた。それは実証実験のためであったが、ジャッキーはそのシステムを操ることで何かが覚醒したかのように強くなっていた。
『もらったァアアア』
「と思うじゃないですか」
『あ、チックショォオ!?』
もっともアーマーダイバー乗りとしての力量はそう簡単に覆せるものではない。
最終的には魔導剣のみの戦いでもルッタの巧さによってジャッキーの機体は地に膝をつき決着したのであった。
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「あーあ。あとちょっとだったのに」
「いや、全然ちょっとじゃないからね」
「あ、俺に負けたシーリスの姉さんチーっす」
「おい、表に出ろコラ!」
訓練終了後、機体から降りたジャッキーが余計なことを言ってシーリスに追いかけられていった。
なおシーリスがジャッキーに負けたのは事実である。侮って魔導剣のみのフライフェザーなし縛りでやって見事に返り討ちであった。その後にまともにやり合ってボコボコにされたジャッキーだが、風の機師団のレギュラーに一勝したという事実は彼の自信になっていた。
「何やってんだか」
ともあれ、走っていったふたりを見ながらルッタは肩をすくめる。
「お疲れルッタ。はい」
「ありがとうリリ姉」
ブルーバレットから降りたルッタが駆け寄ってきたリリから水分補給用の果実水を受け取ると一気に飲み干した。
この一週間、リリはずっとルッタとジャッキーたちとの訓練を見ていた。正確にいえばジャッキーと打ち合っているルッタを見ているようだった。
「リリ姉。ずっと見てるだけだけど、楽しいの?」
「うん。ルッタを見ているのは楽しい。ルッタはリリにないものを持ってるから」
そう言ってリリが屈託のない笑みを浮かべる。
「ねえ、ルッタ。リリのことを知ってなお、ルッタはリリに負けないって思ってるよね?」
そのリリの唐突な問いにルッタは言葉を返さない。リリの言う通り、ルッタはリリとフレーヌにも勝てる道筋はあると考えている。
(けど、今は……)
けれどもまだ『勝てるとは言えない』。何しろ仮に勝っても負けても現在の自分では己の操縦で己を殺す結果になりそうだと感じていたのだから。けれどもリリはルッタの沈黙を肯定と受け取り、頷いた。
「リリもね。そう思う。今は私の方が強い。それでも勝つのがどちらなのかリリには見えない。それなのにルッタはまだ成長できている」
「そりゃ俺はまだ子供だし」
成長期であるが故に伸び代は高く、またアサルトセルとの違い、感覚的なズレの調整もまだ完全にはできていない。ルッタもリリの言う通りに己がもっと強くなれると感じていた。
「うん。だからルッタはきっと今のリリよりも強くなる。でも」
強い光を宿した瞳でリリが言う。
「リリも成長する。お姉ちゃんはいつだって弟の先を征くものだから」
そう言ってフンスっと鼻息を荒くしたリリがタレットドローンのアンに乗ってズササーと去っていった。