009 足りなかったピース
『ジャッキー、キーズが』
キーズ機の死亡判定が宣言され、ジャッキーとゴーンは急ぎフライフェザーを展開して魔導銃を撃ちながら既に距離を取りながら移動しているブルーバレットへと突撃をかける。
「根性見せろよゴーン。あいつは本物だ」
もはや弾数など気にしている場合ではない。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。それはある意味では真理だが、ルッタは相手の行動を見ながら自機の動きにフェイントを入れて射線を誘導しているのだから面白いようにまるで当たらない。その様子は観戦している面々の目にも奇異に映っていた。
「いやはや、ヤベエな。シーリス、お前なら避けられるか」
「無理無理。というか、あたしなら距離をとって狙い撃つよ。あんな動きはあたしの腕程度じゃ無謀過ぎる」
「ふふ、良いねルッタ」
ギャラリーのラニーやシーリスが乾いた笑いを、リリが満面の笑みを浮かべて観ている。対して当事者であるジャッキーたちはもはやパニック状態だ。当たらない。当たらない。どれだけ撃とうとも掠りもしない。どういうトリックかと思いたくもなるが、これは両者の技量の差であった。
『クッソ。弾が尽きて……う、うわぁあああ』
そして先に弾数が尽きたゴーンの機体へとルッタは迷いなく踏み出し、魔導剣で撫斬りにした。もちろん実際に斬ったわけではないがそれで死亡判定となり脱落は確定である。
そして同じく弾丸を撃ち尽くしたジャッキーも続けて狙われたが、
「この野郎!」
『おっと!?』
ジャッキーはとっさに魔導銃を投擲してブルーバレットにかわさせることで距離を取り、腰に下げた魔導剣を抜いて構えた。
「やってやる。やってやるよぉお」
そう叫んで飛びかかるジャッキーに対してルッタは避けることなく斬り合いに応じる。魔導剣同士の刃がぶつかり合い、火花が散った。
(負けられっか)
ジャッキーはもはや意地で戦っている。実力差は理解できた。努力の差も、経験の差もだ。けれどもジャッキーとて、独り立ちしてクランをランクDまで育て上げたというプライドがある。
それにジャッキーは銃撃戦よりも貴族として嗜んだ剣術の方が得意で、接近戦に持ち込んだ彼の選択は正しい。その証拠として先ほどまで一方的だった戦いが今はまともにやり合えていた。
「ハッ、どうだ。お前は強い。そいつは認める。だけどこいつだけは経験がモノを言うんだよ」
『確かにそうですね』
斬り合っているルッタの声にも余裕はない。想像以上のジャッキーの猛攻にどうにか反応し、抗戦しているようだった。
『けど、俺たちがやってるのは剣術じゃあないんですよジャッキーさん!』
「!?」
『つまりはこうです』
再度剣同士がぶつかり硬直した状態になった次の瞬間、銃声が二発響いてジャッキーの機体が倒れた。
「あー、まあそうなるよな」
倒れ込んだ機体の中でジャッキーがそうボヤく。
考えてみれば簡単な話だ。ジャッキーの機体は魔導銃を手放しているが、ブルーバレットはそうではない。魔導剣と魔導銃の二刀流。機体の動きを止められてしまえば、そこにいるのは大きな的でしかない。撃たれてしまうのは当然のことだった。
「完敗だぜ。ルッタって言ったか。少なくともお前は俺らを黙らせられるだけの腕利きだったってのは認めるよ」
やれやれと言った顔でジャッキーがそう宣言し、模擬戦は終了となった。
**********
『終わっちまったか。あっさり勝ち過ぎたら訓練にならねえんじゃねえの?』
模擬戦終了後、ブルーバレット内にあるスピーカーからそんなラニーの声が飛んできた。
はたから見れば圧勝。ジャッキーが近接戦で奮闘したのは事実だが、それもルッタが相手の動きを止めたところまでだ。
もう少し相手に付き合ってもよかったとラニーは思ったようだが、ルッタは首を横に振る。
「ジャッキーさんの機体の状況からしてこれ以上は無理でしたよ」
ルッタはジャッキーたちの乗る機体の状態を見抜いていた。
「今回のことがなくてもあと数回も仕事をしたら動かなくなりますよねアレ」
『だろうな。メンテの重要性が分からず使い潰すのは中小じゃよくあることだ』
長い目で見ればこまめにメンテナンスした方が出費は少ないが、そんなことは使い潰した苦い経験がなければ身につかないものだ。そのタイムリミットがジャッキーたちに迫っていた。
『だから情けをかけたってわけか』
「どんな相手でもアーマーダイバーに罪はありません。それに俺に足りないものを持ってる人にも会えましたし」
ルッタの視線がジャッキーに向けられる。
『へえ。アレはお前のお眼鏡に叶う相手だったか』
「はい。機体の操作はできても近接戦の技術はまた違うから」
それはルッタの素直な気持ちであった。
フルオートの射撃にミサイルの雨あられで彩られていたアサルトセルの戦場とは違い、アーマーダイバーでの戦いは中距離戦から近接戦に発展しやすい。銃弾飛び交う中をブレードやパイルで飛び込んで無双するような変態ではなかったルッタは己に近接戦のノウハウが不足していることを課題として、その解決手段を求めていた。
『そいつは相手がリリやシーリスじゃダメなのか?』
「シーリス姉は我流で、それだけでも多分あの人たちには勝てるだろうけど、それは経験則や戦いの機微の差であって剣を扱う技術の差ってわけじゃないから」
『まあシーリスはそうだな。だったらリリはどうなんだ?』
「リリ姉は別……かなぁ」
『別?』
ラニーが首を傾げる。
「リリ姉は技術とかそういうのをすっ飛ばして最適解を最速で選べるから、ちょっと違うんですよね」
『ほぉ。最適解を最速で……ね。だとすればリリに勝てる奴はいないってことになるな』
「理屈の上ではそうですね」
ルッタが素直にそう返す。けれども心の内では(ま、あくまで理屈の上ではだけどね)と考えていた。
(リリ姉の動きは制限を解いた対戦AIに近いんだよなぁ。けどゲームのAIは人間が勝てるように調整されているのに対してリリ姉は違う。リリ姉には遊びがないから)
ゲームとしての調整がされていない最高難易度のエネミーAI。そんなクソゲーのような相手ではあるが、だからこそ付け入る隙はあるし、勝負にもなるとルッタは考えていた。
もちろん実際に戦えば間違いなく死闘になるだろうし、何よりもルッタの今の体ではその戦いにはついていけないのだろうけれども。
「副長、ここにいる間はジャッキーさんと訓練をさせて欲しいと思うんですが」
『あいつとか? ここにはまだ一週間はいる予定だが、流石にあいつらにも生活があるんだぞ。毎日付き合えってのは酷だろうよ』
「あ、それは大丈夫です」
もはや親元を離れているジャッキーたちは自分で明日のパン代を稼がねばならない。
特にランクが上がって色々と買い揃えたい時期でもあるし、当人たちは気づいていないが本格的に機体整備をしなければ活動停止になりかねない。けれどもルッタには勝算があった。彼らが引き受けてくれるであろう条件を提示できると確信していた。
「交渉はこっちでしますんで」
それからルッタはジャッキーたちの機体のメンテナンスを請け負うことを条件に訓練の契約を持ちかけ、現場の彼らの機体の状況を丹念に教えることによって取り付けたのであった。