008 瞬殺
(重心のブレがまったくない。やはり侮るべきではない……か?)
ルッタと対峙しているうちにジャッキーの中で不安が徐々に大きくなっていく。
どこかおかしい、何かを勘違いしている……と体の内から本能が訴えてきている。
(だが俺たちだって一端のアーマーダイバー乗り。この数なら負ける道理はねえ)
ジャッキーが己を鼓舞してアームグリップを握りしめる。
そのジャッキーたちの乗る機体はラギット兵天領製の量産型アーマーダイバー『モワノータイプ』だ。
小型で出力は若干低いがその分製造コストが安くて販売価格も抑えられているため、生産数は他の天領の量産機よりも抜きん出ている。それはヘヴラト聖天領やゴーラ武天領の影響が大きいこの辺りでも良く見るほどだ。またモワノータイプは故障率が低く、信頼性も高いために所有している中小クランは多い。このブラギア天領の天領軍も半分はモワノータイプで占められていた。
もっともジャッキーたちの資金力ではメンテナンスに出せる機会も限られているため、彼らの機体は色々とガタが来ているのだが。
『ジャッキー団。始める前に一応客観的な事実ってヤツを教えてやる。そいつがアーマーダイバーに乗ったのは4年前だ。で、毎日のように乗り続けていたそうだ』
「ハァ!?」
『お前らもそれなりに乗っているとは思うがな。搭乗時間には相当な開きがあると思うぜ』
そのラニーの言葉はジャッキーたちにとって衝撃的であった。
アーマーダイバーは『壊れることを前提とした』マシンだ。自重を支えるだけでフレームに負荷はかかり続けているから通常はガレージで吊るすか寝かせるし、関節部分は動けば動くほどに摩耗し続け、出力を上げれば内部の回路が悲鳴を上げる。だから毎日の訓練なんて資金が潤沢でなければできないし、ジャッキーたちも訓練なら週に一度動かせればいい方だった。
(英才教育ってわけか。ああ、なるほど。そりゃ風の機師団なんて有名クランにいるわけだ)
ジャッキーの頬を冷たい汗が伝う。自身が感じているプレッシャーが勘違いではないと理解できたのだ。
『分かったか。ドラゴンを殺したか否かはともかく侮るな。秒殺じゃあ訓練にならないんだよ』
けれども続けてのその言葉には流石のジャッキーも頭に血が昇った。
アームグリップを握りしめてブルーバレットを睨みつける。
「チッ、あんたんところのガキが怪我しても責任取らねえからな。じゃあ始めてやんよ。ジャッキー団、行くぞオラァ!」
『クラン風の機師団、ルッタ・レゾン。行きます』
そして両者の宣言と共に四機のアーマーダイバーが一斉に動き出す。
『ジャッキー、どうする?』
「俺らにお上品な作戦なんぞ立てられねえだろ。数で押してるなら囲んでボコれだ」
『ガキ相手にか?』
「子供であることは忘れろ。風の機師団の正式な乗り手だぞ」
そう言いながらジャッキーはルッタの乗るブルーバレットに注視している。
当人を見た時には感じなかった凄まじい重圧がさらに厚みを増して彼の全身を襲っている。元貴族だけあり、その目は多少肥えている。だからこそ分かる。分かってしまう。立ち上がりからのわずかな動きから察してしまう。
(こいつ、つぇえ)
『動いた!?』
「囲まれる前に潰しに来たか。キーズ、撃て」
キーズの機体から模擬戦仕様に出力を落とした魔鋼弾が放たれるが、それをブルーバレットはフライフェザーをホバリング状態にして滑らかに移動しながら紙一重で避けていく。それはまるで柳の如く。そして瞬く間にブルーバレットが三機の間をすり抜けると
『嘘だろ。ちょっ』
ズドォォオンという音とともにキーズの機体が尻餅をついた。それは一瞬の早技だ。だからすれ違いざまにワイヤーアンカーで足を絡ませられて転んだものだとはジャッキーたちには分からない。ただ直後にキーズ機には模擬弾が当てられ、死亡判定が出たのは確かなことだった。