007 とあるランクDハンターの見解
(本当にただの子供なんだが?)
そう心の中で呟いたのはブラギア天領の小規模ハンタークラン『ジャッキー団』を率いるジャッキー・バーモンドという男であった。
彼は今、ブラギア天領の模擬戦闘訓練場で仲間たちと共にアーマーダイバーに乗って風の機師団の機体と対峙していた。
(え……と、マジでやるのか?)
ジャッキーはブラギア天領の貴族の三男だ。長兄が当主になったのを機に家を出た彼は、その際に実家からアーマーダイバーを一機譲り受け、同じような境遇の仲間を集めて自らのクランを設立した。
もっとも彼らはお下がりのアーマーダイバーこそ実家から貰えたが、ブラギア天領を出て竜雲海を旅できる船を買う資金まではない。そのため、港町を根城に小型雲海船を借りて飛獣を倒し、手に入れた素材を売るという生活を送っており、そうしてランクEからランクDにクランが昇格したのがつい先週のことだった。
それはジャッキーにとってはこの世の春が来たといえるほどのビッグイベントであったが、そんな浮かれている時期に彼は耳にしてしまったのだ。ゴーラ武天領軍にも喧嘩を売る実力派クランの風の機師団が近隣でドラゴンを討伐したのだと。
(そう聞いていたのによ。それが十二歳のガキがやったとかアホみたいな話になって……というか見た目からして十いっているかどうかって感じなんだが。あの子供さぁ)
とても信じられないが、少年の乗る、目の前の青い機体こそがドラゴンを単騎で倒したアーマーダイバーなのだという話であった。
風の機師団がドラゴンを倒したというだけなら何も問題はない。それだけの実績を風の機師団は積んでいるし、オリジンダイバーを有しているのなら不可能ではないだろうと理解はできる。
だからハンターギルドで風の機師団の乗り手のシーリスを見かけた時には驚いたものの祝福の言葉を送ったのだが、話を聞いているうちにシーリスが新人に手柄を譲ったかのような内容だったため、彼は憤ってしまった。アンタにアーマーダイバー乗りとしての矜持はないのか……と啖呵を切ってしまった。
ランクがあがったばかりで気が強くなっていたということもあるのだろう。いっぱしのアーマーダイバー乗りになったという思い上がりもあったのだろう。俺たちの憧れが新人の箔付けに駆り出されてんなよと義憤にかられて意見した結果が今の状況である。後の祭りとはまさにこのことだ。
(風の機師団に喧嘩を売ってガキとアーマーダイバーで決闘……ああ、ヤバいなぁ)
子供とは聞いていたが、実際に出会った少年の見た目は十歳ほどだった。そんな少年がドラゴンを倒した……という以前にアーマーダイバーに乗れること自体がおかしいと思うのは常識的な判断ではあるはずなのだが、しかし少年の乗る機体の立ち振る舞いはなかなかに堂々としたものであった。
そのことに嫌なものを感じていると仲間たちから通信が入ってきた。
『なあ、ジャッキー。俺、さすがに子供相手にってのはよぉ』
『団長。あの子、俺の弟より小さいんすよ』
「わーってる。撫でるだけだ。撫でるだけ」
ジャッキーが仲間たちにそう返す。
なんで、こうなったのか。それはラニーとシーリスの言葉に反発し、それじゃあその新人の腕を見てもらおうかと売り言葉に買い言葉を受けて、脊髄反射で応じたからだ。
そうして決まったのが風の機師団の新人の乗る機体一機とジャッキー団の総戦力三機との模擬戦。流石に馬鹿にされ過ぎだと考えたジャッキーだが、クランとしての格を考えれば自分達に有利な条件を提示されてできませんなどと言えるはずもない。
(しかし、撫でるだけとは言ったが……どうすっかな)
彼らは昇格でイキってはいたものの、貴族に生まれても跡目争いにも関わらない、この世界基準ではイージーモードで生きてきたために比較的善良で常識人だ。貴族出身ながら苦労してここまでクランを育ててきたジャッキーにしてみれば年端もいかない子供を大人三人でなぶると言う状況は当然良しとできないのだが……
『こっちはいつでもいいですよ』
呑気な少年の声がスピーカーから聞こえて来る。
(人の気も知らないで。しかし、ルッタとか言ったか。普通に乗れてるみたいだな)
コクピットに乗り込むところは見ているのだから、別の人間が乗っていると言うこともないだろう。
(イロンデルタイプ。ヘヴラト聖天領の量産機。機動力の高い機体だ。整備状態はうちと比べるまでもねえ。それに立ち振る舞い……騎士団の上位の乗り手に近い気がするのは本当に気のせいか?)
乗りなれていない人間が操縦するアーマーダイバーの重心はすぐに傾くし、足元もふらついてしまう。これはアーマーダイバーの操作がアームグリップやフットペダルだけで行うものではなく、操縦席の首裏辺りについている感応石という魔導具を用いて乗り手と魔術的に繫ぎ、機体制御を乗り手の感覚に依存しているためだ。端的に言えばジャイロセンサーの役割を乗り手は担っているのである。
そして目の前の機体はどっしりと構え、その有り様はまるで大樹の如く感じられる。その意味するところをジャッキーは知っていた。
(ひょっとしてコイツ、強いのでは)
しかし、気づいたところでもう遅い。模擬戦はもうまもなく始まろうとしていた。