006 クラッシュテストダミー
「これで損耗の大きかったパーツは交換した。ドラゴン相手にこの程度で済んだんなら上々だろ」
「ですかねぇ。結局俺の操作で機体に負荷をかけちまってるのは整備士としては忸怩たるものがあるんですけどね」
ブラギア天領の港に停まっているタイフーン号内のガレージでそんなことを話しているのはコーシローとルッタであった。
ドラゴンと戦ったことによりブルーバレットの関節部の損耗は大きく、ひび割れた箇所もあってパーツの交換で対応していた。ブラギア天領の修理店での本格的な点検も覚悟していたのだが、タイフーン号のガレージ内で足りなくなったパーツを買い足すだけで済みそうだったことにルッタは安堵していた。
「けど、怪我の功名と言っていいものかは分からないけどさ。今回でお前さんの操作で無茶がかかる場所の特定もできたから竜骨を使って作る補強パーツの目処もついたからな」
「魔力を注ぐことでパーツが修復されるってヤツでしたっけ?」
「そっ。ドラグボーンフレーム。頑丈なだけではなくて魔力を流しておけば負荷によって損耗しても修復される。それがドラゴンの能力の一部だと考えると恐ろしいものがあるけどな」
「確かに」
自己再生能力。ルッタが戦った際には目に見えた形では発揮されなかったが、一度逃げられてしまえば、次に会ったときには完全に傷が癒えた状態での再戦となっていたであろうドラゴンの恐ろしい能力のひとつだ。
「まあ、ブラギア天領じゃあ造れる工房もないからラダーシャ大天領までお預けではあるんだけどな」
「関節可動部にドラグボーンフレームを、胸部には竜頭のプロテクターを、そんで武器も……となると同一個体の素材が多いように思えるんですが、ドラゴンの干渉が発生する可能性はクリアできてるんですか?」
それもドラゴンの類まれなる生命力のなせる技だ。パーツたちが自身を再生させようと干渉し合うことでアーマーダイバーの動作を阻害するのだが、コーシローは「そっちは問題ない」と返す。
「武器の方は機体とは魔力の経路が違うし、稼働時間も短い。干渉が発生する前に動作が止まるから問題にはならないんだよ」
そう言ってからコーシローが眉をひそめる。
「ただなぁ。ルッタがせっかく鹵獲したロケランを使わせてもらうことになるんだけどな。アレ気に入ってるなら、別のもんを用意するまで待つけどさ」
「火力を考えるなら散弾銃もありますし大丈夫ですよ。でも近接武器なのに魔鋼砲弾を使うんですね。バレット式っていうんでしたっけ?」
「ああ、魔導砲弾の魔力蓄積量は魔鋼弾よりも大きいからな。魔力を還元して瞬間火力を得るためにはちょうど良いんだ。重量やキャパを考えれば、総弾数も三発が限度だろうしな」
バレット式とは魔鋼弾や魔導砲弾などといった魔力によって構築された弾丸を射出するのではなく、還元して高濃度の魔力を発生させることで高出力の攻撃を可能とする手法だ。使用回数が弾数に依存する上に通常の飛獣に対して魔導剣の威力は不足はないため、近接専用にするよりは普通にロケットランチャーで運用していた方が正しく、この方式を採用している武装は少ない。切り札として保有する機体が少数いる程度であった。
「それにその装備ができた時点で兵装も限られてくるわけですし、今のうちにコイツに慣れておくのも悪くはないっすよ」
そう口にするルッタの視線はブルーバレットの背部のバックパックに接続された単発式グレネードランチャーに向けられた。こちらは装弾数が一発で、元々ブルーバレットのバックパックウェポンとして使用されていたものだ。
現在のブルーバレットにはそのほかに散弾六発、重弾四発の魔弾筒を保持する魔導散弾銃と魔導剣が一振り装備されている。新装備が追加される場合、魔導剣が差し替え、魔導散弾銃の魔弾筒が減ることとなる。
(中距離から遠距離の銃撃戦がメインのアサルトセルと違ってアーマーダイバーは近距離から中距離での撃ち合いと斬り合いが多いんだよなぁ。弾数制限があるから仕方ないことではあるんだけど)
そんなことをルッタが考えているとガレージの入り口側から騒がしい声が聞こえてきたのが分かった。
「これが風の機師団のタイフーン号か」
「おう……だ、ダチに自慢できるぜ」
そんな会話をしながら男たちが入ってきたのを見てクルーたちが警戒した顔を見せたが、彼らに続いてラニーとシーリスの姿が見えたため、侵入者ではないと分かって警戒を解いた。
「なんだアイツら?」
「さぁ。ダイバースーツ着てるし乗り手の勧誘でもしたんですかね?」
「どうだろうな。スカウトしたにしてはしょっぱそうな連中だけどな」
初めて見た相手に対するコーシローの評価は容赦のないものだったが、風の機師団はランクBクランであり、クランとしての規模が小さいだけで実力と実績はランクAに引けを取らない。そんなクランに入団するにしては彼らにはオーラがなかった。
なおコーシローは彼らをブラギア天領に根付いたランクDかE程度の小規模クランだろうと見立てており、実際その予想は的中していた。
「しょっぱそうって……アーマーダイバー乗りなんでしょう。それだけで十分すごいと思いますけど」
対して少し前のルッタにとってみれば地元に根付いた小規模クランだって雲の上の存在だ。決して馬鹿にできる相手ではない。そんなことを考えているルッタの存在に気づいたラニーが口を開く。
「おうルッタ。そこにいるな」
「居ますけど。ラニー副長、何か用ですか?」
ルッタが返答すると男たちから驚きの声が上がる。
「は、ルッタってマジか?」
「ガキとは聞いていたが」
「え、マジで乗るの? アレが?」
困惑の声を上げる男たちを尻目に、ラニーがこう口にした。
「喜べルッタ。お前の練習相手を連れてきたぞ」
「はい?」
その言葉にルッタは当然のように首を傾げた。