005 挑発と代償
「艦長、良かったんですかね。ギルド長、ルッタの事を信じてませんでしたよ」
ギルド長室を出るとラニーがギアにそう声をかけた。その表情は若干不満そうで、先ほどの話に納得がいっていないようだった。対してギアは特に気にした様子もなく「別に構いやしねえさ」と返した。
「ヤツも言ったが結局のところラダーシャ大天領での判定次第。だからここのギルドでは嘘偽りない報告書を出してさえもらえればいいだけだ」
「まあそうなんですがね」
ラダーシャ大天領はこのあたりの航路では一番近い、八天に次いで栄えている大天領と呼ばれる天領のひとつであった。通常の天領の判断ではドラゴンスレイヤーと偽る騙りが出る可能性もあることから認定は大天領以上の天領でされ、単独での竜殺しの証明である竜殺金章の授与もその場で行われる。
「ラダーシャ大天領には闘技場もあるしな。疑われようと構わないからドラゴンスレイヤーの名前で闘技場の序列上位者を釣り出したい」
「確かに。それができれば一石二鳥ってわけですがね」
闘技場のアーマーダイバー乗り、グラップラーと呼ばれている連中の目標のひとつが独力でのドラゴン退治だ。もっとも闘技場は基本的に近接武器を用いた地上戦。フライフェザーを用いた高速飛行での銃撃戦とは別の戦い方が必要なため、必ずしもアーマーダイバー乗りとして総合的な上位実力者とは限らない。そんな彼らにとってドラゴンとの地上戦というシチュエーションには憧れがあった。
「それさえ上手くいけば、あとは」
「あたしが嘘ついてるってのかい?」
ギアたちが二階の廊下を移動しながら話している途中で、一階に繋がる階段の方からシーリスの声が聞こえてきた。二階から見下ろす形でその様子が見えたギアが階段を降りながらシーリスへと声をかける。
「どうしたシーリス」
「ああ、艦長に副長。こいつらがルッタのやったことを信じられないって言うんだよ」
シーリスの目の前には三人の男たちがいた。それなりに整っているが若干くたびれてもいる身なりからしてギアは彼らが貴族の子供からアーマーダイバー乗りになった者たちだろうと考える。
貴族でも当主の長男以外の子供は成人後は独立し、平民として生きなければならない。そうした貴族の子供は親から資金を得てアーマーダイバー乗りとなるものも少なくはないのだ。
「信じられるか!? ガキがアーマーダイバー乗りだってのも眉唾なのにドラゴンを倒した? ひとりで? 馬鹿馬鹿しい」
「シーリスさんよぉ。つまんねえガキの箔付のために手柄を奪われていいのかよ」
「そういうんじゃないって何度言えば分かるかねえ。手柄なんざ主張したらそれこそあたしは自分が情けなくなるわ」
そんな両者のやりとりの通り、彼らの話題の種はルッタの単独ドラゴン討伐であった。男たちもギルド長同様にルッタの成果に懐疑的であったのだ。そして男のひとりがギアに視線を向けると口を開いた。
「あんたがあの風の機師団の団長さんか? ガキを御輿にして目立とうってんなら考え直したほうがいいゼェ」
その様子にギアは反応しなかったが、代わりに隣にいるラニーが男を睨み付けながら「ギア艦長に何言ってんだテメェ」と声を荒げた。相手の所属は分からないが、ハンタークランは舐められたらお終いな家業だ。だからこそラニーは鋭い目線で男を睨む。
「うちの艦長に意見しやがるたぁな。そいつは風の機師団に喧嘩売ってるってことでいいんだよな? ああん?」
「ち、ちげえよ。だけど」
顔を青ざめさせた男にラニーが詰め寄ろうとして、それをギアが止めた。
「止めとけラニー。大人げない」
「けど、艦長!?」
ギアからの助け舟に男たちが安堵の顔を見せたが、危機を脱したと考えるのは早計であった。
「口で言っても分からねえ連中のようだ。だったら身体に教えるしかないだろうよ」
そう口にしたギアの凍り付くような視線を向けられた男たちが震え上がった。