018 クロスギアーズへの道
「な!?」
ホムンクルス。古代イシュタリア文明によって、特定の目的に合わせて調整された人造人間。この世界においてホムンクルスの存在はフィクションではなく実在するものではあるが、それは古代イシュタリア文明の遺産として時折発見されることがあるだけで、実際に庶民が目にする機会はほとんどない。
だから驚きの顔をして視線を向けてきたルッタに対してリリはピースで返した。
「リリは三年前に風の機師団がオリジンダイバーを発見した際に一緒に乗っていたのさ」
「乗ってた?」
首を傾げるルッタにギアが「そうだ」と返す。
「手付かずのオリジンダイバーには専用の乗り手、ソルジャークラスのホムンクルスがセットになって乗っていることがあって、それがオリジネーターって言われているんだ」
「リリ姉が……じゃあ、あのノワイエってオリジンダイバーに乗っていたラガスもホムンクルス?」
ゴーラ武天領の魔人将のひとりがオリジンダイバーを操っていたことをルッタは思い出したが、ギアは首を横に振る。
「あれは違うな。話を聞く限りじゃ乗れるように自身の肉体を改造したんだろう。オリジンダイバーは魔術適性が極端に高い人間ならばオリジネーター以外でも乗ることは可能だ。恐らく自身を何かしらの禁術を用いて魔術適正を引き上げるように改造したのが増魔人なんだろうよ」
(自身の魔術適性を引き上げる改造手術……それを受ければ俺もオリジンダイバーは無理でも高出力型は乗れるかもしれないな。けど……)
「ルッタ、自分もなろうなんて思うなよ。あの手の禁術の代償はデカい。削れるのはお前の命だけじゃないぞ」
「うん。身の丈に合わないことはしないよ」
「ああ、それでいい」
それからギアがリリに視線を向ける。
「結局のところ、オリジンダイバーの力を十全に発揮するにはオリジネーターの存在が不可欠だ。リリのような……な」
「だからゴーラ武天領はリリ姉を狙ってるってこと? 本物のオリジンダイバーと乗り手が欲しいから?」
「そこがややこしい話でな。まず俺たちがリリを発見したのは遺跡からではないのさ。沈んだゴーラ武天領の雲海船から引き上げたんだ」
その言葉を聞いてルッタも事情をわずかではあるが察した。
「となると確かにゴーラ武天領がオリジンダイバーとリリ姉の所有権を主張しているのは分かるけど」
「まあな。だがその雲海船は何十年か前に沈んだもので、連中がリリのことを知ったのは一年ほど前だ。沈没船の扱いなんぞ拾ったもんのものってのが普通、八天の条約でも十年経過したものなら回収した方に所有権が生じる。そもそもオリジンダイバーはともかく、オリジネーターは生きてるし、条約でも『オリジネーターであるだけで貴族に準じる』とされている。所有権なぞ許されない」
天領によっては奴隷などの制度もあるが、八天条約によりオリジネーターの扱いは特別なものとされている。それがゴーラ武天領軍が従属領などを使わず、直接動いて風の機師団を狙っている理由でもあった。
「失礼な奴ら。リリはリリのもの。ルッタもリリのもの」
「違うよ」
「弟はお姉ちゃんのものだから」
「違うよ。もうその話はいいよリリ姉。それで艦長、この船がヘヴラト聖天領に行くのは、あそこがホムンクルスが始めた天領だからってことなの?」
近づいてきたリリにガッチリホールドされながらルッタがそう尋ねる。
ヘブラト聖天領はルッタの乗るブルーバレットやシーリスの乗るレッドアラームの機種であるイロンデルタイプを製造している天領で、ルッタの言う通りにホムンクルスが祖先の一族が領主を務めている天領だ。また同時に古代イシュタリア文明を信仰対象とする聖天教の中心地でもあり、積極的にホムンクルスを保護している領でもあった。
「あそこは古代イシュタリア文明の遺産である支配者級とされるドミネータークラスのホムンクルスが造りあげた天領だ。リリをそこに連れていって、ヘヴラトに後ろ盾になってもらうのが俺たちの目的なのさ」
「へぇ、風の機師団にはヘヴラト聖天領が後ろ盾になってくれる伝手があるんだ?」
「そうだ。それにヘヴラトはホムンクルスの保護に力をいれている。伝手が頼れなくとも無下にはされない。だから今は仕事をこなしながらヘヴラトに向かってるって訳だが」
「なるほど。けど保護っていうとリリ姉はそこでお別れになるの?」
「お別れはしない。リリはここの子」
そう言ってフンスと息を荒げてルッタを抱えたまま仁王立ちするリリにギアは肩を竦めながら笑う。
「というわけだ。ヘヴラトも確かに引き入れようとは動くだろうが、そこは交渉次第だ。ただヘヴラトの保護があれば、ゴーラも積極的には動けないし、ヴァーミア天領のようなところであっても手出しはされ辛くなる。行かないという選択がないわけだな」
「へー、そっか。だからヘヴラトかぁ」
ヘヴラトは聖天教の中心地であると同時にアーマーダイバーの憧れのグラディオス大闘技場がある。それで話が繋がったとルッタは理解できた。
「そうだ。時期的にいえば、このまま順調に進めばクロスギアーズの開催には十分間に合うだろう。お前が望むなら、参加のための協力はするぞ」
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