016 夢への切符
「ドラゴンステーキにロブスタリアのガーリックバター焼きぃ」
タイフーン号の甲板の上でリリがクルクル踊っている。それを見たルッタは(はらぺこキャラであったか)と思ったという。
最も喜びの顔を浮かべているのはリリだけではない。現在船に乗り込んでいる多くの船員が甲板に集まり、騒がしくしていた。
それはルッタがドラゴンを倒した日の夜食がドラゴンとロブスタリアを用いた料理を料理班が振る舞う船上パーティとなったためであった。
「ふぅ」
「討伐の立役者がなぁに辛気くさい顔してんのよ」
「あ、シーリス姉」
タイフーン号の端の柵にもたれ掛かるようにしていたルッタにシーリスが声をかけてきた。
「あんま騒がしいの慣れてなくて。それにちょっと体がね」
ルッタは両親と死別しテオに預けられはしたものの、衣食住に必要なお金は自ら働いてテオより得ていた。同年代の友人はおらず、出会うのは客のハンターや古株の整備屋たちなど年の違うメンツばかり。それも仕事に関するものばかりで交流というほどの付き合いもこれまでなかったのだ。
これはルッタがアーマーダイバーやロボクスで操縦の訓練をするのに夢中で人間関係を含めた他のことに興味を示さなかったという事情もあったが、ともあれルッタはこうした人の多い集まりの経験がない。
前世を含めれば違うのだが、それは遠い過去の、自分になる前の別人の話で、実際のところアサルトセル以外のことはもうおぼろげになってきている。
そこに昼の戦闘の疲労も相まって、誰かと会話を続けられる体力もないのが今のルッタであった。
「無茶しすぎなんだよアンタは。そろそろ休むかい」
「あはは。ごめんなさい。でも、とりあえずはこのままで。今、この時が楽しいんです。寝るなんてもったいない」
ルッタがそう言って笑う。それは心の底からの言葉であった。
どこまでいっても自分はそうなのだとルッタは理解していた。前世のアサルトセルにせよ、今世のアーマーダイバーにせよ、彼に取ってロボットで戦うことが何よりも楽しいのだ。その結果が今だと思えばもったいなくて寝てなんていられない。
「今回のことで俺も自分の課題を改めて認識しました。だからもっと鍛えないと。今のままじゃあ全然足りないから」
細木のような自分の腕を見ながら、ルッタが言う。
「全然足りない……か。それでもドラゴンを倒した。それにアンタはドラゴンというものの動きも理解していたみたいだった」
「調べたから」
「それは……ドラゴンが仇だから?」
その問いにルッタが苦笑しながら頷いた。
「ああ、知ってたんだ。確かにうちの両親は元船員だったんだから伝わっててもおかしくはないか」
ルッタはそう口にして納得の顔を見せたが、これはルッタの勘違いである。この世界の情報伝達はそれほど正確でも早いわけでもなく、風の機師団はレゾン夫妻がスタンピードに巻き込まれて死んだという情報しか得ていなかった。
ドラゴンだと目星が付いたのは、ルッタの反応がロブスタリアやブレイドバットと違っていたことからのシーリスの推測だ。けれども、ここから先のルッタの言葉までは流石のシーリスも予想できなかった。
「そうです。仇……ドラゴン、そいつはドラクルっていうネームドなんです」
「その名は……まさかワールドイーター!?」
シーリスの目が見開かれる。その名をアーマーダイバー乗りであれば知らぬ者はいない。古くから数多の天領を襲い、幾度となく人類と闘争を繰り返し続け、だというにも関わらず未だに討伐されず、死と破壊を撒き散らし続けている怪物。それがドラクルという、人の世界を喰らい続ける災厄の竜の一体だった。
「あいつをいずれ討つのが俺の目標ですね」
その言葉を聞いて、シーリスはようやくルッタが尋常ならぬ操縦技術を持っている理由を垣間見た気がした。実際にワールドイーターを見て、それでもなお戦おうと思うのであれば、今の技量とて必要最低限に到達しているかどうかも分からない。
「なるほどね。あんたのことが少し分かった気がしたよ」
「いや敵討ちってのは確かにありますけど、別にそれだけ考えてるわけじゃないですからね。復讐心がない……というわけじゃないけど、俺はアーマーダイバーに乗るのが好きなだけです。他の目標だってあります」
「他の? それは何さ?」
「クロスギアーズに出てみたいんですよ」
その言葉にシーリスが笑った。
「わ、笑われた」
ルッタが衝撃を受けているとシーリスは笑いながら「いやさ」と口にする。
「その……アンタも人並みな目標があるんだなって思ってね」
「どういう意味ですか。普通に憧れるじゃないですかクロスギアーズ」
クロスギアーズはヘヴラト聖天領で行われるアーマーダイバー同士の武闘大会だ。竜雲海ではなく島上の闘技場で行われるその大会は銃器類は使用せず、近接武器のみで一対一で戦うこととなる。そしてクロスギアーズでの優勝はアーマーダイバー乗りなら誰もが憧れるものだ。
「なるほどねぇ」
シーリスが少し考えてからルッタを、それから少し離れた場所で酒を飲んでいるギアを見て口を開く。
「だったら、そいつをちょっと艦長に話してみようか」