014 竜殺し
「ははは、上手くいった。タイミング完璧。さすが俺!」
驚きの顔を見せるシーリスとは対照的にルッタの表情は明るく、自らの行いに自覚的であった。
「深化により加速した尾の一撃に対して魔導剣でのカウンター、それもさっきから俺が鱗を削って内側を露わにしたところにブルーバレット自身が加速して斬りつけた。そりゃあここまでお膳立てすれば頑丈な尻尾だって斬れちまうだろうさ!」
ルッタが笑う。ドラゴンの深化はむしろルッタにとってカウンターの威力を上げてくれるものでしかなかった。これは偶然が重なって起きた奇跡ではない。ただルッタが戦いの中で積み上げたものが結果として現れた必然であった。
「グギャァアア」
ドラゴンが悲鳴に近い咆哮をあげながら距離を取る。その様子にルッタが眉をひそめた。
「おっと、ここで退がる? ああ、逃げるのか」
ルッタがボソリとそう口にする。それと同時に背を向けようとしたドラゴンの動きが止まった。踏み留まった。
「グルルルル」
ルッタの声が聞こえたわけではないが、聞こえていたとしても言葉が通じるわけでもないが、気配でドラゴンは感じ取ってしまった。己がこの場から逃げ出そうとする臆病者だと目の前の敵に見透かされたと理解してしまった。
「グガァアアア」
ドラゴンが咆哮し己を鼓舞する。
払拭せねばならない。目の前の青い人形の思い違いを拭わなければならないとドラゴンは猛った。本能が逃走を促しているが、最強種としての矜持がこの場から逃げることを許さなかった。
「へぇ。持ち直したか」
ルッタが目を細める。深化した今ならば飛んで逃げられたかもしれないし、そうなればブルーバレットの機体性能では追いつけなかっただろう。けれどもドラゴンは戦うことを選んだ。そして……
「で、ブレスを狙ってくるわけだ」
ルッタの言葉は正しく、距離を取ったドラゴンの喉袋が赤く光り出していた。
その喉袋の中で竜種特有の濃厚な魔力が練られ、炎のブレスが生成されていく。それは竜雲海の魔力飽和すらも意味を為さぬ、竜種を最強足らしめる力の一端。牙も爪も尾も届かなかった。であれば広範囲に振るわれるブレスを……と選択したドラゴンの判断は誤りではない。数ある選択の中では最上のものだ。
「ああ、お前はそうするしかないよな。でも甘いよ」
ルッタが即座にアームグリップのトリガーを引いて、ロケットランチャーから魔鋼砲弾を放つ。狙いはもちろんドラゴンの膨らんだ喉袋だ。
「グルゥッ」
対してドラゴンはとっさにそれを避ける。けれども勢いよく首を振って弾道から逃れたためにブレスを吐くタイミングを逃した。加えて尾が切り取られていたことでバランスを崩し、その際に一瞬ブルーバレットから視線を逸らしてしまう。そして、その隙こそがルッタの望んでいたものだった。
「見えたよ、勝ち筋が」
次の瞬間にルッタはフットペダルを踏み込んで機体を加速させる。
「ガァアアッ」
それに気付いたドラゴンが再度ブレスを放とうと即座に口を広げるが、
「遅い!」
ブルーバレットが魔導散弾銃から『散弾』を撃ち、ソレはドラゴンの頭部へと命中した。深化による興奮状態と一刻も早くブレスを放とうという焦り。それがここまでドラゴンが守り抜いていてきた頭部への攻撃を成功させたのだ。
(散弾と重弾のどっちも用意しておいて良かったな)
ブルーバレットの装備している魔導散弾銃は水平二連式で銃口とトリガーがふたつ存在しており、左右で撃ち分けることが可能だ。ルッタは重弾と散弾を左右それぞれに込めており、今回は正確な狙いをせずとも当たる散弾を使ってドラゴンの頭部を撃った。結果としてばら撒かれた弾の一部がドラゴンの片目を潰し、さらに開いていた口内にもダメージを与えたことでドラゴンはブレスを吐く機を再び逃した。
「ソコォォオ!」
「グゲェエエエ」
そしてブルーバレットがついにドラゴンの目前にまで迫り、ルッタのアームグリップの動きに合わせて魔導剣が横薙ぎに振るわれると、その刃は膨らんで柔くなった喉袋を通過し、そのままドラゴンの首を千切り飛ばしたのであった。