012 その先を見据えて
「ドラゴンの武器は爪と顎、ブレス……だけではなく、巨大な体躯。特に範囲の広い尾の攻撃は何よりも警戒すべきもの……だったっけ。まあイメージ通り、いや『若干遅い』か」
驚きの顔でブルーバレットとドラゴンの戦いを見ているシーリスとは対称的にルッタは笑っていた。
安全マージンをとってそこそこに『距離をとって避けた』が、かすりもしなかった。それは彼が仮想敵として想定していたものよりも『わずかに遅い動き』だ。
「竜雲海上じゃない分、動きが鈍いのか。まあいい。あいつと戦うための予行演習だ」
そう口にしたルッタの目には眼前のドラゴンの先、ルッタが討つべき相手、かつて故郷を滅ぼした仇の姿が見えていた。
ルッタの夢は四つあった。
ひとつめはアーマーダイバー乗り。これは予定外の状況ではあるが紆余曲折の末、すでに叶っている。
ふたつめはアーマーダイバーの所有。これはいずれ自分のクランを作って叶えようと考えていた。ルッタの腕前があればすぐにとは行かないが、人脈を作っていずれ風の機師団から独立か暖簾分けの形で実現可能な夢ではある。
みっつめはアーマーダイバーの武闘大会『クロスギアーズ』の優勝。アーマーダイバー乗りならば誰もが憧れる、ヘヴラト聖天領で行われるその大会の優勝という栄誉はルッタからしても眩しく映っていた。
そしてよっつめ。最後の望みは、数多の島喰らいを成し、ワールドイーターとまで呼ばれるようになった魔獣の一体『悪食竜ドラクル』を討伐すること。
それはつまり、両親の敵討ちである。前世の記憶が蘇ったところで、ルッタがルッタとして生きてきた記憶は消えていない。憎むべき敵は確かに存在し、目の前の相手はソレと同種であった。
「父さんと母さんの仇。それを討つための糧になってくれよドラゴンさんさぁ」
ゴウンっと再び尾が振るわれるが、次の瞬間に悲鳴をあげたのはドラゴンだった。ブルーバレットはわずかに避けながら迫る尾の勢いに魔導剣を沿わせる形で尾の表面に流していた。結果として削られた鱗が飛び散り、体表を斬り裂いて血が噴き出した。
「硬いな。わずかに斬れたが、こりゃ手間がかかりそうだ」
フライフェザーの出力を上げて一旦距離を取りながら移動するブルーバレットの中でルッタがそう口にする。
アーマーダイバーの装甲をも裂く魔導剣の魔力刃だが、それでもドラゴンの鱗は削る程度なのが関の山のようだ。けれども傷はつく。であれば『殺せる』。その時点でルッタの優先順位は仮想敵との戦いへの練習台に移っていた。
(こいつでこれなら アイツには普通の魔導剣じゃあ届かない? もっと出力の高い……短剣? いや、戦斧? 別の武器を考えるべきか)
出力と範囲と持続時間は基本的には相関関係にある。範囲を半分にすれば威力が倍になる……というほどに単純ではないが斬れ味の差は存在する。目の前のドラゴンに対してギリギリ通じる程度であれば悪食竜ドラクル相手には魔導剣では何の役にも立たないかもしれない。であれば別の選択を検討しなければならないだろう。
(ま、そこは後で考えるか)
空中で態勢を整えながらルッタは機体を地面に着地させる。そこにドラゴンが咆哮しながら飛びかかって爪で攻撃を繰り出すが、ブルーバレットはフライフェザーで滑るように動きながらその攻撃を避けていく。それはまるで舞踏のように。
そしてコクピットの中でルッタは肉食獣のような笑みを浮かべながらロケットランチャーの引き金を引いた。