011 アヴェンジャー
ドラゴン。その姿が目に入った時、ルッタの脳裏に浮かんだのは前世の記憶が蘇った日のことだった。
それはルッタが八歳の時のことだ。ルッタと彼の両親がテオドール修理店の出張で、とある天領に滞在していた時、そこに恐るべき魔獣が現れた。
魔獣の名は暴食竜ドラクル。
魔獣の王、最強種とも言われるドラゴンの中でもドラクルはワールドイーターと呼ばれる存在の一体だ。
世界を喰らうものと名付けられたソレは天領軍やハンターたちが討伐できぬまま彼らの世界、人の住まう天領を喰らい続けている怪物のことであり、生きている厄災であり、人の身では抗うことすら叶わぬ死そのものであった。
ドラクルはそんなワールドイーターの一体であり、瞬く間に港は潰され、村々は焼かれ、領軍は蹴散らされ、領都は滅ぼされ、島の心臓部である天導核を喰われて、その天領は沈んでいった。
そんな中でただひとり生き残ったのがルッタだ。
両親に言われた通りに山に逃げたおかげで炎のブレスからは逃れ、破壊された天領軍のアーマーダイバーを発見し、そして機体を操作するために彼は『前世の記憶を蘇らせた』。
その現象がいかなる奇跡によるものだったのかは定かではないが、それはルッタの生存本能が必要だと感じて呼び起こしたものであったのだろう。
かくしてルッタはアサルトセルの知識からどうにかロボットの操作という概念を元に壊れたアーマーダイバーで逃げ延び、こうして今ここにいる。
世間一般的には唯一の生き残りの少年の証言はまともに取り上げられず、スタンピードによるものとして処理されたその天領の消滅。けれども彼の脳裏には焼きついている。島を滅ぼした、彼の両親を焼き払った存在の姿を。
「ドラ……ゴン」
ルッタが噛みしめるようにその名を口にする。
千年樹の如き太い尾に、燃えるような赤い瞳と鋭い牙が並ぶ顎門、まるで鎌のような前足の爪に、コウモリのものにも似た一対の翼。濃い緑の鱗を纏った、尾を除いても10メートルはあろう怪獣。彼がかつて遭遇した相手に比べれば随分と小さく、威圧感もない、矮小な存在。
けれどもそこにいるのは確かに仇と同種であり、そんな相手を前にブルーバレットは即座に動き出した。
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「ちょっとルッタ、あんたそいつは!?」
『シーリスさん、あいつは……俺が倒します』
「は? ひとりでなんて無茶……くっ」
ルッタがひとりドラゴンに向かって突撃していく姿にシーリスは焦りを覚えた。それはあまりにも無謀な姿に見えたが、迫るロブスタリアが彼女をルッタの元へと行かせてはくれない。であれば、とシーリスがリリの乗るフレーヌへと視線を向ける。
「不味い。リリ、ルッタのサポートを」
『無理かな。ロブスタリアの追加来たよ』
リリの言葉の通り、今戦っている群れの他に五体のロブスタリアが近づいてきているのがシーリスのレーダーにも映った。
フレーヌの機動力ならばルッタの助けにすぐいけるだろうが、ならば10体のロブスタリアすべてを残った自分ひとりで相手できると考えられるほどシーリスは自信家ではない。
「ドラゴンを相手にしようと数を増やしてきたのか、純粋に多い群れが来ただけなのか。ともかくタイミングが悪いねえ。クソッ、一旦退くか?」
『いや、リリたちはロブスタリアを倒そう。だって大丈夫だから』
「大丈夫?」
訝しげな表情を浮かべるシーリスにリリが『うん』と返す。
『うん、ルッタは冷静だよ』
「ドラゴン相手に単騎で挑んでいて!?」
『そう。ほら見て』
その言葉の直後に土煙が舞った。それは近づくブルーバレットに対してドラゴンの尾が無慈悲に振るわれたことで起きたものだった。
「ルッタ!?」
シーリスが思わず悲鳴のような声をあげるが、まるで何事もなかったように土煙の中から青い機体が姿を現したのを見て目を丸くする。
「避けた? この地上で?」
驚きの顔をしたシーリスを尻目にブルーバレットはそのままドラゴン相手に戦いを挑んでいく。その動きに澱みはなく、機体からはまるで闘気が立ち昇っているかのように感じられた。