007 食い残し
「シーリス姉、こいつらの飛膜が雲海船の材料になるんだよね?」
「そうだよ。フライフェザーに使うのはもっとランクの高い飛獣だけど、雲海船の船底に張るだけならこのクラスのを使う。重ねて貼ることで浮くだけならできるようになるからね」
「へー、不思議だねぇ」
ルッタもそう返すが、飛膜とはそういうもので、だからこそ死んで一度は竜雲海に落ちていった飛獣の死骸も浮かんでくる。もっとも死骸内の魔力が尽きるとまた沈むのでのんびりしていると回収する前に落ちてしまう。
「あと魔石もアーマーダイバーのバックパックの収納ボックスに入れておいて。アレを放置していると飛獣が寄ってくるから」
「了解です」
そんなわけで無人島に上陸したルッタたちが最初に行ったのは確保したブレイドバットの解体と素材の回収であった。
「ブレイドバットの素材は飛膜と魔石だけだったっけ。シーリス姉、肉は食えないの?」
「食用にすることは可能なんだけどね。筋ばかりで調理するのに手間がかかるし、あんまり美味くもない。食べるっていうなら持って帰るけど」
「いや、いいよ。気になっただけだから」
ルッタとて無理に食べたいわけではなく、今回は捨てることとなった。
肉はそのまま置いておけば血の臭いに誘われて野生の動物や魔獣の類を呼ぶ可能性があるため、可能なら竜雲海の底に沈めるのが一般的だ。竜雲海の底は深海層と呼ばれ、そこには飛膜を持たず、飛ぶことこそできないが強力な魔物である深獣が生息しており、落とした肉は彼らの胃袋に収まると言われていた。
そしてルッタが不要な部位を竜雲海に投げ捨てると淡く光る緑の霧の中に消えていった。飛膜がなければ竜雲海はただの雲であり、物体が浮くことはない。そこは海ではなく雲であり、人間も落ちれば落下死する。
なお魔石はランクの高い魔獣のものならば船導核や機導核の素材となるが、ブレイドバットのようなランクEクラスに分類される魔獣の魔石は魔導具のエネルギーとして電池のような形で消費されるのであった。
「それにしてもここに来るまでにロブスタリアは見当たらなかったね」
「うん、フレーヌでも反応は確認できなかった。他の飛獣もいないみたい」
シーリスの疑問にリリがそう返す。
「シーリス姉、飛獣が島の下側から天導核に向かって潜ったりすることはないの?」
「種類によって可能性はゼロじゃないけど、ロブスタリアならないはずだよ。天空島はフライフェザーと同じく魔力と反発するリフレクトフィールドを形成しているから下の方は中和されて飛び辛くなるしねぇ」
そこまで口にしてからシーリスは島の中央の山を指差した。
「基本は島に上陸して中央にあるソメイロ山までいって自分で掘るか、洞窟を探して潜るかするんだけどさ。島の内部は魔力が薄いからアーマーダイバーも飛獣も長時間活動できないし、竜雲海と島を行ったり来たりするわけ」
「へぇ」
「だからあたしらがこれからするのは島の外周を一回りして痕跡を探すことってわけね」
それからルッタたちはブレイドバットの素材をまとめるとロブスタリアの探索を再開したのだが、結果として目的の飛獣はあっさりと発見された。想定していない形で……ではあったが。
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「で、これが成果ってわけかいシーリス」
「ええ、ラニー副長。こんな様ではあるけどね」
ひとまず目的の飛獣を発見したルッタたちは島の探索を切り上げてタイフーン号に帰還していた。
そして彼らの成果が甲板の上に並べられている。それはブレイドバットの素材と二体のロブスタリアの死骸であった。
巨大な海老という外見のソレはすでに死んでおり、胸部の装甲が割られていて内部の魔石も存在していない。
「他にも三体のロブスタリアの死体が転がってた。魔石は全部喰われてる。肉は腐り始めてたし、さすがにもう食えないね。あたしも楽しみにしてたのに」
「リリ姉、ロブスタリアって美味いの?」
「リリは好きよルッタ。プリプリしてるの」
説明をしているシーリスの後ろでルッタとリリがそんなことを話している。ちなみに肉厚が凄いロブスターという感じであり、食材として狩るハンタークランも多い。ルッタは想像してゴクリと唾を飲み込んだ。
「了解。さて、どうしますかね艦長? 聞く限りはもっと厄介なのがいそうな感じですが」
「そうだな。エリサ、どうだ?」
ギアが、ロブスタリアの死骸を観察している眼鏡をかけた女性に声をかけた。
女性の名はエリサ・バーキン。彼女は風の機師団のメンバーであり、ルッタは飛獣研究のエキスパートだと聞いていた。
「うーん。見たところ、相手は四足歩行の肉食獣タイプ? 自力で飛べる個体ではなさそうだし、もしかすると島と一緒にあがってきた深獣かもしれないなぁ。そうなると当然ロブスタリアよりもランクが上で戦闘は島内になるだろうね」
エリサが眉をひそめて「それに飢えていて危険かも」と口にした。
「なるほど。一気に難易度が跳ね上がったな。それに相手が深獣であればブラギア天領から依頼の取り下げがあるかもしれないか」
ギアが唸るとルッタが首を傾げた。その様子にラニーが苦笑しながら口を開く。
「ルッタ。深獣は竜雲海の底、深海層に住んでる魔獣だ。空を飛べないから飛獣と違って天領への影響はほとんどないんだ。だから深獣にとっととコアの天導核を喰われて島を落としてもらった方がいいって判断されることもある」
「でも飛獣も寄っては来るんですよね?」
「そうだ。まあ、だから判断が難しいんだがな。天導核を喰らった飛獣と深獣は魔獣としての格が上がるんだが、竜雲海を飛び回る飛獣と違って深獣はそのまま深海層に落ちるだけだから、その後の影響も軽微だ」
「深獣も羽化する場合があるからぜったいにそうだとは言えないんだけどね。基本的に深海層の方が餌も多いし、竜雲海の上にまでやって来る深獣は少ないのよ」
ラニーの言葉にエリサがそう付け加えた。
「ということは戦う必要がない?」
「ブラギア天領はそう考える可能性があるってことだ。依頼は引き続き出して来るかもしれないが、難易度は高くなるのにロブスタリアよりも依頼料が下がるかもしれない。で、そいつは俺たちにとって美味しくはないだろ。だから金を気にするならこのままやる方がいいんだが……どうします艦長?」
「ふむ」
ラニーの問いにギアが唸りながらルッタを見る。
「深獣相手なら恐らくは地上戦になる。やれるかルッタ?」
「問題ないですね。むしろ竜雲海よりも慣れてます」
ルッタがこの四年でロボクスや修理機体を操作したのは主に島内で、そういった意味ではこちらの世界での経験は地上の方が長い。それからギアがシーリスとリリを見る。
「ルッタなら大丈夫」
「そうね。何せ病み上がりでもあたしよりいい腕してるからね」
その言葉を聞いて、ギアが少し考えてから頷いた。
「分かった。それじゃあハンタークラン『風の機師団』はこのまま依頼を継続する。天空島に巣食う深獣を討伐するぞ」