025 キーーーーー(放置ダメ絶対)
「うーん」
「何を悩んでいるんですの?」
安息日である陽曜日。
その日は闘技場も休みとなり、四連チャンの連続試合日とはならなかったためにルッタは闘技場のガレージにいて、自分の機体を前に唸っていた。
そして、遊びに来たメイサとタラ、マリアはそんなルッタの様子を目撃して首を傾げていた。
「メイサ姉にタラちゃん、それにマリアさんも。来てくれたんだ」
「はいですわ!」
「キーーーーー!」
「私は付き添いー」
マリアは相変わらず軽めのノリであった。
そしてタラがルッタの頭の上に乗ってタップダンスを披露する。その勢いはラテンの血を想起させるほどに情熱的なパッション。どうやら放置されていることに相当お怒りのようだった。
「イテテ。タラちゃん、暴れないで。ハゲちゃう。毛根を殺されたらハゲちゃうから。いや、全然構ってなかったのは悪かったって」
「キーーーーー!」
構ってやれなくてゴメン? 何様のつもりだ。私はそんな安い女じゃない! ……大体そんな感じのニュアンスでキーキー言いながらタップし続け、それからしばらく踊って満足すると、近づいてきたシルフのアンの上へとピョーンと乗った。
なお、アンはリリよりルッタのボディガード兼メンテナンス要員の役割を与えられていて、ここしばらくは常にそばにいた。
「イテテ」
「アーマーダイバーばかりにかまけてるバツですわね」
「キーキキーーー」
「……はい」
珍しくルッタに味方はいなかった。もっとも、それはタラちゃんを放置して、アヴァランチにかまけていたルッタの落ち度であるのだから止むなしである。
「それでメイサ姉の方は? ライムフィンクスだっけ? そっちの機体の方は良いの?」
「それがですねルッタ。整備班のチェックチェックチェックで、わたくしはまだまともに触らせてももらえてませんのよ」
「メイサのは新品だからねえー」
「まあ、そうだね。確かに入念に見といた方が良いとは思うよ」
「キーキー」
『Pi』
アーマーダイバーは精密部品の塊だ。
八天領のプラントによって製造されたソレの完成度は極めて高いものがあるが、わずかな不良や、ここに運ぶ過程での故障などがないとは限らないし、それは使い込まれて生き残って来た中古品よりも事故を起こしやすいと言われている。
自分で整備が可能なルッタならいざ知らず、現時点でメイサがやれることはほとんどなかった。
「分かっておりますわ。ですので、今は整備班の皆様方にお任せしておりますのよ。それでタラちゃんの要望でルッタに会いにきたのですが、ため息なんてついて何を悩んでいるんですの」
「んーー。こいつのビルドについて考えてたんだよ」
ルッタがハンガーにかけられているアヴァランチに視線を戻した。見た目はボロっちく見えるが、まったく問題のないレベルで操作できている……どころか、実際に扱ってみたところ、剣闘士の操作に適した形で醸成されている機体だった。長年扱われてきた結果として硬さもなく、まるで氷の上を滑るようにルッタの操作がスムーズに反応するのだ。
もっとも現在は完全なドノーマル。バックパックウェポンは装備しておらず、ここまで武器のみ入れ替える形で試合を行なっていた。
ただ現在の装備は、魔導甲手という武器として特化したガントレットの一種に固定されている。これが一番アヴァランチの特性に合っているようだとルッタは判断していた。
「アヴァランチ……でしたっけ。わたくしの機体とは違って、そっちはぶっつけ本番で試合に出していましたわよね?」
「新品と違って稼働実績があるからね。まあ、壊れてたパーツは交換したし、慣らしも十分にはしたから。それができるくらいに良い機体だったんだよ」
ひとつ前の乗り手は扱いきれていなかったようだが、それ以前の乗り手は相当優秀な人物だったらしく、ルッタはアヴァランチを自分の手足のように動かせていた。
もっともこれはピーキーな設定のブルーバレットに慣れたルッタだからこその評価であり、アヴァランチは一般的なハンターでは制御不能な暴れ馬だ。
そんなわけで剣闘士用に買った機体としては大当たりの部類ではあったのだが、となれば次はどういう武装で固めるのかが次のルッタの課題となっていた。
「ビルドをどうするか……でしたわね?」
「うん」
「そもそもの話ですけれどルッタ。ブルーバレットではダメでしたの?」
メイサから見て、ブルーバレットは量産機ベースとしてはすでに完成された性能であると感じていた。
竜素材による補強はまだアーマーダイバーの範疇ではあるが、タラというコパイロットの存在、ガトリングガンというアーマーダイバー用ではない強力な装備、そしてジャイアントキリングウェポンの大牙剣。それらを踏まえれば、ブルーバレットはもはや量産機を超えた強さを獲得しているスペシャルだ。
見ようによってはジャンクにしか見えないアヴァランチとは比べるまでもないとも。
けれどもルッタはメイサの問いに首を横に振る。
「良い線まで行けるとは思うんだけどね。ただ……」
ルッタは、イシカワのヘッジホッグを思い出す。脳内でアレと闘技場で戦う姿をイメージする。
そして、今日までの経験により闘技場というフィールドの特性をすでに掴んだルッタの脳内シミュレーションは、明確に己の敗北を導き出していた。
「多分、優勝まで届かない」
ゾクリと冷たい何かが突き刺さるような感覚をメイサと、一緒にいるマリアも感じた。それは魔獣たちに向けるような殺意ではなく、けれども燃え盛るというよりも、凍るような冷徹さを兼ね備えた闘志であった。
また、少なくともルッタに勝てる乗り手がひとりはいるのだから、イシカワ以外の強敵がいる可能性は十分にある。であれば油断などできようはずがないとルッタは考えていた。
「キーー」
「ルッタ。タラさんが、ルッタには私がいると言っておりますわよ」
「うーん。タラちゃんは参加させられないからね。流石に今のタラちゃんを大っぴらに知られるのは不味いし」
「キーーーーー!?」
その返しにタラがガックリしているが、アーマーダイバーを単独で操作も可能なタラの潜在的価値は底知れず、蜘蛛の従魔という以上の情報を無闇に漏らすような状況は危険であった。
また剣闘士の試合のルールには他者の協力を禁ずるというものがあり、タラの存在はそのルールに抵触する可能性もあった。
何よりルッタとしても、一対多数も常なハンターの戦いではなく、一対一の剣闘士の試合であるならば、己の力だけで闘いたいという想いもある。そうした諸々の理由からタラを参加させる予定は最初からルッタの中にはなかった。
「キー」
「よしよし。酷いパートナーですわね」
『PiPi』
悲しみにくれるタラと慰めるメイサとアン。居た堪れない。そんな様子に苦笑しつつ、マリアがルッタに質問をする。
「そうするとー。ルッタくんはー、今日はずっとここでウンウン唸ってるのー?」
「ううん。とりあえずここまでの対戦でアヴァランチのこともある程度は掴めてきたし、今日は必要そうなパーツを見繕うために店を回る予定だよ」
「じゃあわたくしも一緒に行きますわ。ライムフィンクスの武器も探したいですし」
「キー」
『Pi!』
「じゃあ私も護衛として付いてくねー」
「りょーかい。それじゃあコーシローさんが戻ってきたら、断りを入れて出かけることにするよ」
それから遅めの朝食から戻ってきたコーシローに今日の予定を告げたルッタ一行は港町へと繰り出した。
そしてルッタがギンナと再会したのは闘技場ガレージを出た二時間後のことであった。