024 抱き枕蛇の苦悩
「グゥ……重」
寝苦しさを感じながら、ギンナが目を覚ました。
(最近は色々あって気疲れしたせいか? あーいや、違うわ)
ここ数日は、想像以上にさまざまなことが起きて心労が溜まっていたのかとも思ったギンナだが、物理的な原因が目の前にあったので首を横に振った。
「おーはーよー。ギンナくん。起きたのー」
「シエラ。重い。離れろ」
まるで真夏の蝉のように両腕でホールドしながら跨って乗っているシエラを見て、ギンナがそう返す。
「ええー。ギンナくん、ヒンヤリしてて気持ちいいのにー」
「うっせ」
ブーブー言うシエラをシッシとどかしながら、ギンナが起き上がってベッドを降りる。
「ねーねー。ところでさーギンナくん? お金貸してくんない?」
「ハァン? この間貸したばかり….って、そういや昨日のアレがあったか」
「そーそー。ルッタくん強くてさぁ。いや、参っちゃった」
その言葉にギンナが眉間に皺を寄せる。
ルッタが強いのはもう分かっている……が、先日のシエラの敗北試合はソレ以前のものだった。
「8秒で負けたクソ雑魚が何言ってやがる」
「ま゛」
シエラが口を四角く開ける。
実のところ、ルッタもシエラには警戒していた。シエラから滲み出るオーラはそれなりの強者のものであったからだ。ワイヤーアンカーを用いて足を引っ掛けたのも、あくまでルッタにとっては牽制のつもりだった。そこをシエラが避けてからの試合の組み立てもできていた。だが8秒の奇跡が起こってしまった。結果、シエラは敗北した。
「しょうがないじゃない。ちょーっと気合い入れすぎて、アタマ回んなかったんだからさー」
「そういうとこどうにかしねーから、序列一桁台に入れねーんだよ」
実力はあるが、ムラも隙もある。それがシエラという女であった。
「ブー。けどさー。やっぱりあの機体がアンタが探してたバラン教官のものなのは間違いないわよー」
「知ってる」
削られてはいるが、肩にメテオナックルのエンブレムの跡が残っているのは観客席側からでも見えていた。
「それとさー。最近ギンナくん、評判悪いんだよねー。ルッタくんと戦わないのー? あの機体を賭けるならやるー?」
「序列二位が賭け試合をして機体を奪う? アホか。んな無法な真似ができるか。闇闘技場じゃあねーんだぞ」
そう言いながらギンナがハンガーにかけてあった上着を羽織りながら、動き出した。
「アイツが登って来たらちゃんとやってやるさ。それが筋ってもんだ」
そう言ってギンナが部屋を出ていくと、シエラがひと言呟いた。
「筋……筋ねえ。ギンナくん、それカッコいいと思って言ってるんだろうけど、普通にカッコ悪いんだよねえ。自分に酔ってるなー。そういうとこ、可愛くて嫌いじゃないけどさー」
そう言ってシエラがベッドに二度寝を決め込もうと横になってから「あ」と口にする。
「お金……」
シエラは金の無心に失敗した。
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あくびをしながら家を出たギンナが港町を歩いていく。
(ハァ……メテオナックル分の金はあるが……)
よく飛び、よく転ぶシエラの機体は修理費用が嵩み、前回貸した金も返ってきてはいない。シエラは金のかかる女であった。そしてギンナは身内に甘い男であった。
(ハァ……にしても)
ギンナが周囲を見渡す。
どこもかしこもひとりの少年の話題が聞こえてくる。時折ギンナに向けられる厳しい視線もあるが、それは甘んじて受け入れている。自業自得ではあるし、そこを履き違えるつもりはない。
直接突っかかってくるなら対処もするが。問題はそんなことよりも……
(ああ、久々に活気付いてるってこったなぁ)
それがギンナにとっては複雑だった。
それは自分たちでは成し得ていないもの。クロスギアーズ参加のために今はこの天領にはいない序列一位『雷光のゾロ・スマッシャー』がいた時にはあった活気だ。
(癪に障るがな。アイツは本物だったってこった)
その事実はギンナを苛立たせるが、それはルッタに向けられたものではなく、自身に対しての憤りだ。ゾロから留守を預かっているにもかかわらず、外部の人間がいなければ、かつての勢いも取り戻せない自分自身への怒りがあった。
(とはいえ、間違ったとも思っちゃいねえ)
アーマーダイバーの操縦技術はある。だが剣闘士の戦い方はできていないのは最初の頃の試合を見ていれば明らかだった。
操縦技術が秀でているから拙い試合運びでも強引に勝ち越せるが、それだけでは剣闘士として上に行くには成立しない。
けれども、今のルッタはただハンターとして強いというだけではなく、剣闘士としての強さも身に付けつつある。
当然、ギンナも最初からここまでの結果を読んでいたわけではないが、近い印象はあった。ただルッタが一年下積むのではなく、数日で登り上げているだけで。
「ま、そりゃあ別にいい。結果的にアイツが理解して、段階を踏んでいる。俺が文句をいうものじゃあねえ。ただ、あいつの乗る機体……」
ルッタの乗るモワノータイプの量産機『アヴァランチ』。それはギンナの恩師であるバラン教官の機体だ。
バランは、ギンナや恋人のシエラがまだ剣闘士候補だった時から世話になった人物だ。
通常、闘技場の剣闘士はアーマーダイバーを所有していればなることはできるが、見どころのある新人の乗り手が推薦されて候補となった後にデビューとなるケースもある。
そういう候補生は自前の機体を用意するか、貴族のパトロン付きとなることでデビューを果たすわけだが、その時にギンナを鍛えてくれたのがバランだった。
「メテオナックル。あのガキが俺の恩師の機体だと知っていて乗った……わきゃねえか。俺の挑発が原因だろうなぁ」
自分を鍛えてくれた恩師であり、憧れの剣闘士であり、彼の技を引き継いだことを自称するギンナだ。
メテオナックル自体にも憧れがあり、自分が引き継ぎたいと思っていたが、結局は彼の身内の手に渡っていた。
あの機体をランダン機人商店で見つけたのは偶然だった。ゾロに留守を任されたことに加え、バランが見ているような気がしたからこそ、ルッタやシーリスと対峙した時に勢いづいてしまったが、問題は買わずに一度店を出たことだ。戻ってみれば、既に売られていて後の祭りだ。
調べれば、息子がろくに整備をせぬまま売り払ったのだと言う。
もちろん、そんな事情をルッタが知っているわけもないので、意趣返しということはないはずだ。であれば、つい興奮してあの機体を口にした時に目を付けられたのだろう。実際にルッタはギンナの挑発以前にあの機体に目をつけていたので、その認識は誤りではあるが、ギンナは自分の挑発のせいで先に買われてしまったと落ち込んでいた。
(ああ……ホント、俺って)
ギンナが顔を俯かせながら馴染みの工房に入ると、
「あれ、ギンナさん?」
突然、そんな声が聞こえて来た。