022 ルッタの評価
「これで30勝か。つーか、あの馬鹿。何やってんだ」
闘技場が閲覧できる剣闘士用のラウンジで、ギンナが頭を抱えてそうボヤいた。ルッタが今し方、対戦したシエラはギンナの女であったが、今回のようなヘマをしては毎度ギンナの頭を痛めるのだ。
何しろ、あれだけ転がると機体の負荷も損傷も相当なものになる。関節部の損傷やフレームの歪み、神造筋肉と呼ばれる人工筋肉が断裂している可能性だってある。敗北した上でその損害なので、当然修理費がかさむのだ。
「おいおい、馬鹿って言うなよ。テメェの女だろ」
「だから馬鹿って言ったんだが?」
その後に修理費をたかられることが確定しているギンナが、真顔でそう返した。
自分の女が借金奴隷や風俗堕ちすることを許容できないギンナは金を貸すしかない。シエラは金のかかる女であった。
だからギンナは金にそれほど余裕はなく、彼の教官の機体を買うためにかき集めたお金もシエラの機体の修理費に飛ぶだろうという未来を思って胃が痛くなったのであった。
「お、おう。俺が悪かったよ。けどよ、あの小僧。これで三日目、30連勝だ。よく体力が持つよな」
「それだけ余裕のある試合運びだった……いや、それだけじゃあないか」
「というと?」
「全部の試合を見たわけじゃあないが、『アイツ攻撃をほとんど受けていない』な」
「は?」
その指摘にザンカが絶句する。
「近接戦はぶつかり合うだけでも衝撃が全身に伝わって、機体にも、己の肉体にもダメージも蓄積される。だから同じ技量相手なら、まともにやり合えば勝ったにしろ、負けたにしろ、連続で試合なんざやってらんねーって状態にもなるわけだが」
「あの小僧はそれを最小限に留めている?」
ザンカの問いにギンナが頷く。
アーマーダイバー戦で機体が受ける衝撃は中の人間にとって、全身を殴りかかられるようなものに等しい。ルッタも以前はそれで気を失ったりもしていた。ダイバースーツによって軽減はできているにせよ、特に近接戦闘が主な剣闘士の試合は、銃を使った竜雲海上での戦闘と違って、直接ぶつかり合うケースが多いために乗り手への負担も大きく、本来は連戦が困難だ。
けれども、ルッタは相手からのダメージを受けない、或いは受け流すことを主体に試合を進めているため、体にかかるダメージを軽減させていた。
「それ、お前にできるか?」
「無理だな」
「ハッキリ言うな。お前はそんなヤツとの試合を断ったんだがな」
「実力の有無は関係ねえ。俺は俺の筋を通す。相手が誰であろうと、どんなヤツだろうとな」
その言葉にザンカは肩を竦める。
ギンナのそういう姿勢は美徳ではあるし、好感が持てる場合もあるが、こういう融通の利かなさは欠点であった。
(ゾロさんの留守を預かってるプレッシャーもあるんだろうが……ぶっちゃけ最初の時に反対しておくべきだったんだよなぁ)
当初のギンナの怒り具合から、序列上位者も賛同の意を示したが、詳細を聞くほどに、ルッタの実力を知るほどに話が違うのでは……となっていった。
そもそもギンナを煽った闘技場オーナーが最も罪深くはあるのだが、現状はもはやそれどころの騒ぎではない。
またギンナは実力の有無は関係ないと言ったが、闘技場の序列上位に実績もないのに食い込ませる……というのならともかく、クロスギアーズの参加権のための戦いであれば、相手が実力者なら融通を利かせて戦わせるのが慣例であったりする。何しろクロスギアーズの参加者の半数以上は闘技場出身ではない。つまりはルッタのハンターとしての実績を考えれば、対戦の要望もおかしいものではなかったのである。
(いや、まあ……八百長疑惑のある試合一試合だけってのは確かに引っかかったが、アレを見る限りは八百長の必要ねーだろ)
なお、ルッタと戦ったナッシュ・バックの実力は、このシェーロ大天領内であればギンナ以下、ザンカと同格といったところで、そのナッシュを倒したというのも今のルッタの戦績を見れば十分に納得できるものだ。
加えてルッタの本来の機体はブルーバレットという、量産機の枠組みを超えたカスタム機。ザンカもランダン工房に置かれているのを目にしたが、普通の機体でないのは一目で分かった。ドラゴンの首を胸部に付けているあたりが特に。
剣闘士に特化させているものではないとはいえ、ドノーマル機で今の戦績のルッタがブルーバレットに乗れば、戦闘能力はさらに上回ることは誰の目にも明らかだった。
「どの道、アイツは今筋を通している。なら問題ねーだろ」
「俺らの評判以外はな」
ゾロがいなければ確実に序列一位に収まっていたであろう強者。ゾロに憧れ、彼に勝つためにここに留まっているギンナはある種の無敵の人であり、直接的に罵倒でもされなければ人からの評判などもあまり気にしないタイプだ。一方で、周囲の目も気になるザンカはそのギンナの反応に肩を落とすしかない。
「んでロウシュさん的にはどう思う?」
そして、ふたりと共にいるのはルッタの21戦目の相手である踊る鉄槌ロウシュ・タイガーだ。ロウシュは中堅の剣闘士だが、この闘技場の古株であり、ギンナたちの先輩でもあった。
「あん? どう思う? テメエらが子供相手に逃げたことについてか? 俺はヤツとやれて良かったがテメエらはクソだな。便器の端にこびりついたアレと同じだ。シェーロの恥晒し共が。ルッタ・レゾンに全裸土下座で謝りながらテメェのガーメ咥えて窒息死した方がいいんじゃねーの?」
「辛辣すぎんだろ。俺らの評判の話じゃあねえよ。あの小僧、ルッタの話だ」
ザンカの返しにロウシュが「わーってるよ」といって、紙巻き煙草に火を点けて吸い、それから煙を吐いてから口を開いた。
「ありゃぁ、バケモンだな」