021 第21〜30試合 後編
【第三十試合 vs ドラッグスター シエラ】
「あんれー。ねえねえルッタくん。ルッタくんはさー。ここまで対戦相手の武器に合わせて戦ってたと思うんだけどー。もーしかしてこのシエラお姉さん相手だとそういうおふざけもできないのかなー?」
本日最後のルッタの対戦相手はドラッグスターの二つ名を持つシエラという女性であった。
そしてイロンデルタイプの愛機に乗った彼女の前には、薄汚れた茶色い機体が堂々とした歩みでやってきていた。それはルッタ・レゾンの乗るモワノータイプの量産機『アヴァランチ』。
もはやこの会場内で彼を侮る視線はどこにもない。ここまでの29試合すべてを危なげなく勝利してきた少年の形をした怪物が現れたことで闘技場内は一気に湧き立った。
そしてシエラの指摘の通り、今回のアヴァランチはこれまでとは違っていた。
ここまでのすべての試合で、ルッタはアヴァランチに対戦相手に合わせた武器を選択していた。まるで相手を挑発しているかのようなその行動に舐められていると捉えた対戦相手もそれなりにいたが、結果は全戦全勝。侮りではなく、それを為せるだけの実力があることを示してきたのだ。
けれども現在のアヴァランチの腕にあるのは、第26試合目のバンバ戦で装備していた魔導手甲である。それは肘部にブースターがつき、拳部には魔力のフィールドによる衝撃波を放つ機構を持つ鋼鉄の手甲だ。
一方でシエラの機体の装備は魔導細剣、つまりはレイピアだ。もちろん、唐突に武器を変えたわけではなく、それが彼女の元々使っていた武器であり、当然手甲とは全く違う武器種であった。
『ここまではこの機体に合う武器を探してたんだよ。それでようやくしっくりくるのが見つかったから、これに絞ってみようかと思ったんだよね』
「なるほど。相変わらず、対戦相手は眼中にないってわけかー」
『そんなつもりはないし、使い方も戦い方も学ばせてもらっていたつもりだよ』
シエラの言い分は、ルッタにしてみれば心外ではあっただろう。ルッタは対戦相手を瞬殺することなく、しゃぶり尽くすように実力を引き出させた上で勝利している。ここまでの二十九試合すべてで……である。
闘技場という障害物のない限定された広さの空間内での間合いの取り方、タイマンならではの駆け引きの学びを得て、また新しい機体の把握にも余念はなかった。
武器にしても機体の特性にあったモノを探すために、あえて対戦相手と同じ武器を選び、使い方も併せて確認させてもらっていた。
それははたから見れば、相手を弄んでいたようにも、嬲っていたようにも見えていただろう。
実際、客観的に見ればその認識自体は間違いではない。ルッタは時間の許す限り、対戦相手から剣闘士の戦いを貪欲に吸収し続けてきたのだから。おしゃぶりを離さぬ赤子のようにも見えた様子からパシファイアボーイという不名誉な二つ名までついたほどである。
『俺には剣闘士としての経験が足りない。だから一試合だって無駄にはしないよ。シエラさん、アンタ相手でもね』
「ハッ、上等!」
シエラが豹を思わせる獰猛な笑みを浮かべ、アームグリップを握った。そして試合開始の合図と共にシエラ機がその場で浮かび上がる。
『君も器用に動くようだけど、上位者の戦いってのは速度がモノをいうものなのよ。君のモワノーで私のスピードについて来れるかしら坊や!」
シエラの機体は強力なブースターをバックパックウェポンとして装着したイロンデルタイプ。さらにはフライフェザーをあえて廃してホバー機能を搭載した専用脚部と組み合わせることでブースターの加速を最大限活かせるようなビルドとなっている。
その加速力による圧倒的なスピードバトルは多くの観客を魅了し、敵対者の視界に映ることすらも許さない。それ故の字名。それ故のドラッグスター。そして……
「ふえ? あ、ミギャァアアアアア!?」
けれども開始直後にルッタのワイヤートラップにかかった彼女の機体は盛大に転び、高速回転して闘技台を飛び越え、壁に激突して敗北した。
ドラッグスター、或いはスーサイドクィーンの二つ名を持つ彼女は、シェーロ大天領闘技場において最速にして自爆率の最も高い女。そしてルッタのシェーラ大天領での対戦記録の中で試合時間8秒という最速記録を刻んだ剣闘士にもなったのだった。
自爆率が高いので勝率は低いけど、実力は上位陣と同じくらいだったりするシエラさん。ただワイヤーを使うルッタとの相性は最悪だったのです。