018 デミ・ロボクス
アヴァランチ。
その名は風見一樹のセカンド機の名称だ。
またランダン機人商店でギンナが指を差したボロボロだったアーマーダイバーの現在の名でもある。
ルッタが購入したアーマーダイバーに名前を付ける際に、ブルーバレットに準えてコーシローが候補にあげたために採用したのがアヴァランチという名前だったのだ。
「俺の憧れた人のもうひとつの機体名だ。こいつはきっと強くなるぞ」
「うん。そうなれるように頑張るよ」
コーシローの内にある思い出は図らずも世界を巡り、少年にかつての名を持つ新たなる翼を与えた。候補は他にもあったが、ブルーバレットに乗っている以上はルッタもセカンド機に名付けるならアヴァランチの名が一番しっくりときたのである。
「まあ名前は良いんだけどさ。ただ、お前がこの中古機を選ぶのは意外だったな」
「なんで?」
コーシローの言葉にルッタが首を傾げる。
販売されているアーマーダイバーの多くは、中古品を修理したものではあるが、ある程度の金額を積めば新造品を購入することもできる。そしてルッタの稼ぎであれば、新造品の選択も十分に可能であった。
「今回、お前が艦長に頼んで剣闘士用の機体を買うって言った時にさ。僕はてっきりメイサと同じく新造品を買うと思ってたんだよ」
「新造品の機体は怖いよコーシローさん。どこで軋みをあげるか分からないし、メイサ姉みたいに当人と一緒に機体を育てていく……というのならともかく、今の俺はすぐに使えるやつが欲しかったんだから」
このアヴァランチを買う前に、ルッタは当然タイフーン号内に置く許可をギアに貰いに行っている。現状のタイフーン号のハンガーはメイサ機を加えれば全て埋まっており、そもそも剣闘士用に調整する機体なので、飛獣相手を想定していない。
言ってみれば風の機師団にとっては完全なお荷物だ。それでもルッタが新しい愛機を欲したのは、剣闘士戦をブルーバレットで戦うのはどこかで限界がくると感じていたからだった。
また飛獣に合わせて武装を交換するだけならいざ知らず、剣闘士としての性能を突き詰めるのであれば機体自体に改造を施すことも必要となる。
それはハンターとしては本末転倒だし、ルッタの『本来の目的』のために積み上げてきたブルーバレットの構成のバランスを崩しかねない。
以前までのルッタであれば、専用機を用意しなくとも腕でカバーというつもりでいたが、イシカワと出会ってしまったことでルッタの中の認識は変わっていた。
(イシカワさんは仕上げてくる。以前の時には機体の七割程度しか性能を発揮できていないと言っていた。でも盾を手に入れて防御力も上がった今……多分、次に会った時には十割を超えた実力になっているはず)
それは確信だった。
曖昧な予想ではなく、現実に高い壁が用意されていることは分かっているのだ。ならば、力を尽くすべきだとルッタは理解している。
「ブルーバレットじゃあ確実な一勝は取れない。優勝できない。だから」
アヴァランチ。勝つための機体が必要だった。
「俺はこいつを剣闘士最強の機体にするんだよ」
ルッタにしてみれば、ギンナに言われたからその機体を購入した……というわけではなかった。
その機体を見た時からルッタの勘がビンビンに働いたのだ。それは単なるヤマカンではなく、これまで培ってきた整備士としての経験から導き出されたものだ。それがあのボロボロの機体を使えると判断していた。
「以前の乗り手が良かったんだろうな。硬さはないし、ルッタの動きにもよく馴染む」
コーシローも同意の頷きを返す。
新造品とは違い、動かす際の機体内の摩擦がほとんどなく、驚くほどに滑らかに動くのだ。ブルーバレットに入れているほどではないにせよ、ドラグボーンフレームも導入したことで可動の負荷は軽減され、ルッタの操作にも遅延なく追従している。そういう面だけであれば、現時点でも部分的にはブルーバレットを上回っている。
「後はこいつを俺がどう調理するか。試合中に見つかるといいけど。ただ、まあ……」
「うん?」
「ロボクス代わりに使うのには支障ないでしょ」
「代わりというには豪華すぎるがなぁ」
コーシローが苦笑する。
なお、風の機師団保有のブルーバレットとは違い、アヴァランチは正式にルッタ個人が購入した彼の所有物である。また今の風の機師団にこれ以上のアーマーダイバーの所有は必要とされておらず、ルッタの我儘で購入した形だ。
そのため、ルッタがアヴァランチをタイフーン号に乗せる際のメリットとして出した条件が、アヴァランチを機体メンテナンス用の人型重機であるロボクス代わりに使うというものだった。