005 迎撃
甲殻獣ロブスタリア。それはエビに似た外観をしている飛獣の一種であった。
腹から尾の内側にかけて飛膜が張られており、竜雲海内をでかい尾で泳ぎながら巨大なハサミで獲物を挟んで仕留めようと攻撃を仕掛けてくる。ハサミのパワーは凄まじく、アーマーダイバーでも掴まれれば装甲ごと千切られることがあるほどだ。
サイズは10メートル前後と大型で、見た目以上に機敏で雲海船が遭遇すればアーマーダイバーなしではあっけなく落とされてしまうだろう。
そんな飛獣が群れをなしているとなれば、近海の危険度が大きく跳ね上がるのは当然のこと。何しろ飛獣にとっては船導核も機導核もご馳走の匂いがするのだ。接近したことに気付けば襲ってくるし、被害が増えれば結果として商船の足が遠のき、天領の運営自体に支障をきたすことになる。
けれどもブラギア天領周辺の飛獣はEランク帯が中心で、それらを主に相手取っている地元のハンターギルドのハンターが狩るのは厳しいし、ブラギア天領軍もそれは同じだ。そこに運良く風の機師団がやってきて依頼を受領したというのが今回の話の流れであった。
「ねえシーリス姉。小規模の天空島の破壊も依頼に入ってるんだけど、そっちは当てがあるの?」
『それは可能な限りなのよね。管理できない島なんて大型飛獣を呼び寄せるだけの疫病神でしかないから破壊するしかないんだけど、普通は対応に時間がかかるし、流れのよりは地元のハンターを使うの』
「へぇ」
天空島は竜雲海の底である深層で自然に生成された天導核が大地に根を張って島を形成して浮上したものだ。天領とはそうして浮かび上がった島に人が移住したものを指しており、また飛獣たちにとって天導核は最上級の餌で、彼らはそれを狙って天空島を襲うことがある。故に天領を維持するためにはそうした飛獣から身を守る防衛力が必要で、だからこそ天領軍やハンタークランが存在する。
対して守る存在のいない無人島は天導核を喰らおうとする高ランクの飛獣が集まってくる厄介な存在であり、無人島が天領に近づいてきた場合には問題が起きる前に速やかに落とす必要があった。
「無人島はあるだけで飛獣っていう災害を呼び起こすわけだから壊すのは分かるけどさ。けど島持ちって憧れるよね?」
『まあねえ。実際規模の大きいクランは自分たちで島を管理することもあるし、天領の多くはそこから発展してできているんだけど……ただアンカースポットへの定着や、飛獣に対する防衛力の維持、それに他領との交易とか色々と考える必要はあるし管理も大変なのよね』
「そりゃぁアーマーダイバーの個人所有よりも厳しそうだ」
ルッタが渋い顔をする。誰の所有物でもない空飛ぶ島が存在するというのに、それを落とすことしかできない。ルッタの中でもったいないと思う気持ちは大きいが、実際に運用するとなると様々な問題が出てくるのだ。
『人もコストも桁が違う。天導核だけ抜き取って使うこともあるけど運ぶだけでも手間がかかるし、やっぱり破壊して島を落とすのが手っ取り早いってわけね。勿体無いけど』
天導核は圧縮された魔力の塊であり、その近くによるだけで魔導器の反応が鈍くなる。当然アーマーダイバーも雲海船も影響を受けるため、天空島から採掘するのも運搬するのもひと苦労だ。そしてどれだけ欲しようと運用可能な能力がないのであれば沈めるしかない。
『あ、天空島見つけた』
そして会話の途中に差し込まれたリリの言葉にルッタとシーリスの表情が引き締まる。竜雲海は魔力の雲であり、前方は見え辛く、ブルーバレットの水晶眼ではまだ天空島の姿は捉えられていない。
(視界ひとつでもアーマーダイバーとオリジンダイバーの間では結構な性能差があるわけか。こちらの認識外からのアウトレンジ攻撃なんて喰らったら厳しいな。頭部センサーは比較的魔力リソースが少ないし、いいヤツを積みたいもんだ)
ルッタが心のメモ帳のブルーバレット強化案に追記をしているとリリが『それと飛獣がこっちに来てる』と口にした。
「リリ姉、それはロブスタリアなの?」
『ううん、反応は小さい。これはブレイドバットかな?』
リリの言葉にシーリスが眉をひそめる。ブレイドバットは蝙蝠型の、翼を刃のように強化して突撃してくる飛獣だ。一撃でアーマーダイバーの装甲を斬り裂くようなことはできないにせよ、視界外の真下からの攻撃は脅威であった。
『反応が分かれた。各機撃破で行くよ。ルッタ、やれるね?』
「問題ないよシーリス姉。こっちのレーダーにも映った。反応は小さいけど確かに速い。迎撃に入る」
そしてルッタはフットペダルを踏み込んでブルーバレットを加速させた。