016 ルッタチャレンジ
……ようやくバトれた。長かった。
「うぉ、盛り上がってんなぁ」
その日、シェーロ大天領の港町に暮らす男が、闘技場に足を運んでいた。その手にあるのは先日より天領中にばら撒かれたチラシの一枚だ。
そこに書かれているのは『ルッタ・レゾン序列上位最速チャレンジ』というイベントタイトルだった。
その知らせは、すでにシェーロ大天領内を駆け巡っている。最年少のソロドラゴンスレイヤーと最近話題の少年ハンター。悪徳ハンターやドラゴンやランクA飛獣を倒し、天領奪還の立役者でもある少年。
まるで御伽噺の主人公のような活躍を見せるアーマーダイバー乗りの少年が、剣闘士として最速で序列上位に駆け上がろうとシェーロ大天領の闘技場に乗り込んだというのだから、盛り上がらないわけがない。
「おぅ、ボーロ。やっぱりお前もきてたのかよ」
「ザルタン。お前、仕事どうした?」
「バッカ。それどころじゃねーだろ。仕事場閉じて見にきたっての」
ザルタンと呼ばれた男が、ボーロの持っているものと同じチラシをパンパンと叩きながら笑う。
「いやいや。まったく。最速で序列上位になるチャレンジとは大きく出たもんだな」
「だな。ハンターとしてはずいぶんと活躍しているらしいが、剣闘士は別もんだからな」
「でもよ。ラダーシャのナッシュに勝ったんだろ?」
「八百長って噂もあるからなぁ。ナッシュ当人は引退済みで確認もできねえし。まあ、真相はこれから分かんだろ。ほら、出てきたぜ」
会場から歓声が響き中、東と西のアーマーダイバー用の門から、5メートルはある機体がそれぞれ姿を表す。
『東門、最年少ソロドラゴンスレイヤーにしてアンカースの英雄ルッタ・レゾンの駆る『アヴァランチ』。対するは西門、新進気鋭の若き牙ケイロス・ルドンが駆る『ハサウェイ』」
「対戦相手はケイロスか。若手じゃ随分と腕があるヤツだが……ソロドラ少年の機体はモワノータイプだな。酒場の話じゃ青いイロンデルタイプだったはずだが、もしかして偽物か?」
アヴァランチ。雪崩の意である名を持つ機体を見ながらボーロは首を傾げた。だがザルタンが「ちげーよ」と返す。
「青いのは今オーバーホール中なんだと。アレは剣闘士用の機体を新しく用意したものだって、さっき説明してたぜ」
「ハァー。さっすが英雄様は子供でも金あんなぁ。でもボロボロじゃねえの?」
ボーロがそう指摘した通り、ルッタ・レゾンの乗っている機体はあまり綺麗な状態であるとは言えなかった。パッと見、ジャンクにも近い外観だ。けれども目の肥えた人間であれば、その機体がジャンクであるか否かはすぐに分かるだろう。
「見た目はそうかもな。ただ体幹はしっかりしてるし、補修はしてるみたいだ。動かすだけなら特に支障はないだろうよ」
「ふーん。でもよー。アレに乗ってこれから40戦を4日で戦うんだろ。無理じゃね?」
「まあな。普通に考えれば無茶無謀ってもんだ。闘技場も何戦まで勝てるかで賭けてんだぜ。倍率は10戦前後が一番倍率低いし、安牌枠になってるのな」
シェーロ大天領の剣闘士は100人はいるが、その中で40名と毎日10試合を4日間行う予定となっている。
これは現在の参加可能な剣闘士の序列などを計算して、全てに勝利すれば序列六位、その後に序列上位陣に挑めば上位入れ替えが可能なように組まれているのだが、普通に考えてそれは無謀過ぎるハイペースだ。
体力や機体の消耗などを踏まえれば、一週間に一試合、早くて二日に一試合が剣闘士にとっては通常のペースであり、だからこそ誰の目で見ても無謀な試みとしか思われなかった。
一見すればシェーロ大天領の闘技場を舐めてるとしか思えない内容だが、チャレンジと謳っている通りに、主催側も失敗を前提とした試みだ。だからこそ観客も盛り上がっていた。調子に乗ったハンターの若手がどこまで頑張れるのかを、どこで無様を晒すのかを、肴のつまみにしようと喝采を送っていた。しかし……
『勝者ルッタ・レゾンの駆る『アヴァランチ』!』
そんな彼らの想いは第一試合で早くも崩れ始める。
「……は?」
ボーロが間抜けな声をあげて、目を丸くしている。試合開始後、勝者の名が告げられたのは10秒程度の時間が過ぎた後だった。
そして、歓声がわずかに遅れて、爆発したかのように広がっていく。
「おいザルタン」
「分かってるボーロ」
ボーロとザルタンも食い入るように、ボロボロのモワノータイプを見ている。何が起きたのかは見ていたのだから分かっている。
アヴァランチは試合開始後に特にフェイントもなく、ただ一直線に突き進んでケイロス機へと向かい、そのまま打ち合い、ルッタ・レゾンが勝利した。
一見して単純な決着ではあるが、けれども試合運びは単純ではない。
瞬発力重視にセッティングしたのであろうフライフェザーで一気に距離を詰め、対戦相手であるケイロスのカウンター攻撃を一度目は避け、二度目、三度目、四度目は魔導剣で切り返し、三度の衝撃で踏ん張りが利かなくなってよろけたケイロス機の頭部へと一撃を放ってルッタはトドメを刺した。
それがわずか10秒の間に行われたのだ。
「あの間合いの詰め方、インファイトの立ち回り……こいつは本物か」
「そうだな。それにアヴァランチって……あの見た目ボロボロの機体。なあボーロ、アレって見たことねえか?」
「うーん。あ、鉄拳バラン!?」
ボーロが肩の一部を見て、声をあげた。
肩部の装甲の一部に、剥がされてはいるが拳を模ったエンブレムらしい跡が見えたのだ。それはこのシェーロ大天領の闘技場に昔から通い詰めたものには懐かしいエンブレムだった。
「あのバラン爺さんのか!?」
「ああ、間違いねえ。鉄拳バラン。教官バラン。引退後は闘技場の新人教育の一手を引き受けて、去年おっ死んだあのバラン爺さんの機体『メテオナックル』だ」
「マジか。そんなモン、どこで拾ってきたんだよ」
「知るかよ。だが、な。あいつ……」
かつて老兵のものだった機体が去り行く姿を見ながらボーロが呟いた。
「もしかすると。もしかするかもしれねーぞ」
第二部ということで主人公が新型機体乗り換えのお約束を発動。まあ新型と言っても中古なのだけれどもw