013 導きのギンナさん
「受けないって? そいつは、どういうことだい?」
怒気を孕ませたシーリスの問いに、ギンナは狼狽えることもなく、睨み返して口を開いた。
「どうもこうもねえだろうがよ。クソガキが天才ムーブキメてハンターで活躍しよーがこっちは別に構いはしねぇ。成り上がりのガキがどんだけ天狗になろうが知ったこっちゃねえ。ハンターのことである限りはな。だが 剣闘士のテリトリーに入ったんなら別だって話だシーリス・マスタング」
ルッタが目を細めて、ギンナの言葉に耳を傾ける。
「クランの話題作りのためにチョチョイと動いて、俺らの憧れにお手軽に出場するダァ? ふざけんなよ。舐め腐りやがって。俺らがそんなのに付き合ってやる義理なんざねえんだよ」
「ルッタはそんなんじゃないよ。あの子は実力で」
「実績が1しかねえヤツの実力って何だよ?」
「グ!?」
その返しにシーリスは口を噤んだ。
実際ルッタは華々しい活躍を見せてはいるが、その多くはハンターとしてのものだ。剣闘士として戦ったのは一度のみ。それも対戦相手は、ギンナが先ほど口にしたようにクランメンバーのかつての仲間であることまで知られているのであれば、色眼鏡で見られるのも仕方のないことではあった。
加えて言えば、基本的にハンターの実力は剣闘士の実力とは必ずしも一致しないということも挙げられる。
これはハンターによる飛獣討伐は銃撃戦がメインで、剣闘士は近接戦がメインであるためだ。
飛獣を相手に近接戦をメインに挑むことは剣闘士でもほとんどないし、序列上位の剣闘士でもハンターとしての実力がランクD程度であることは珍しくもなく、その逆もまた然りであった。実際ナッシュもハンターとしてのランクは低い。
(それに……まあ、正論ではあるんだよね)
険悪な雰囲気の中でルッタはひとり頷いていた。
ルッタの戦闘スタイルには近接戦闘も含まれてはいるが、純粋に剣闘士寄りかと問われれば、そうではない。
量産機故の火力不足を補うために必然的にそうなっているだけで、少なくとも前世である風見一樹のスタイルは機動力重視の中距離戦がメインであり、カイゼル石川のような近接一辺倒ではなかった。純粋な剣闘士としてのスタイルをルッタはまだ獲得してはいないのだ。
「実力を測るための一試合に勝っただけのヤツに剣闘士の何が分かる? 闘技場の何を知ってるよ?」
その言葉にも、まったくだとルッタは再度頷く。
たかだか一戦。ルッタはまだ、闘技場というフィールドを理解できてはいない。逃亡生活でひとつどころに留まれなかったという事情があるにせよ、クロスギアーズに挑む上で剣闘士としての経験を積めていないことは、純粋に問題だとルッタは認識していた。だからこそ闘技場での戦いを早めに受けていきたいとも。
「見ろよ。あのオンボロの機体を。テメェらみたいな金のあるクランの連中は知らねえだろうがな。俺らはああいうのに乗って一から鍛えて序列を上がってきたんだ。恵まれた環境で、用意されたピカピカの機体に乗っかって「英雄でござい」と気取ってる連中とは違うんだよ!」
そう言ってギンナが指を差したのは、先ほどルッタが見ていたボロボロのモワノータイプだ。
その言葉にシーリスが身を乗り出して、ギンナを睨みつける。
「ハッ、妬みがましいねぇ。ギャーギャーうるさいんだよ。ギンナとやらさぁ。要するに結局はルッタが羨ましいってことだろ。負けるのが怖くてビビって逃げてえってだけなんだろ? 小さい男だよ。そんなに負けるのが嫌なら雑魚蛇は巣穴にでも篭ってな。それにアンタがやらないって言ってもね。こっちには」
「こっちには……何だよ? あん? ヘヴラト聖天領軍に圧力でもかけてもらおうってのか?」
そう言ってギンナがマリアを見たが、マリアは肩をすくめて首を横に振る。
「そういうことをやるつもりはないかなー。そこら辺はあくまで風の機師団の問題だしさー」
ヘヴラト聖天領軍としても風の機師団を護ることはあっても、こういう状況を軍の力で優遇するような真似をするつもりはなかった。
そしてギンナは苦虫を噛んだような顔のシーリスを睨みつけ、それからルッタを見てから口を開く。
「別に絶対にやってやらねえって話じゃねえさ。俺らと戦いたいってんなら真っ当に序列を上がってくりゃいいだけだ」
「序列を……上げる?」
その言葉にルッタが首を傾げた。
「そうさ。当然の話だろう。序列上位に挑みたいならテメェも序列の上位になればいい。クロスギアーズの参加者の大抵の連中はどこかの闘技場で序列上位になってる。そういう立ち位置なら同格である別の闘技場の序列上位に望むのもおかしくはねえし、だから他領の闘技場の上位とも試合が成立してるのさ」
「なるほど?」
「で、上位になる為にはウチで40試合くらい組んで全部に勝ちゃ、正当に俺らに挑む権利は得られるってわけだ。ま、そんなことやってたら流石に今回のクロスギアーズには間に合わねえだろうけどな」
そこまで言って、ギンナはルッタたちに背を向けた。
「おい、アンタ。話はまだ」
「話なら終わってんだよクソ女。俺がここに来たのは上位陣は試合を受けねえって風の機師団に伝えるためだ。そいつは今の話で伝わっただろ」
そう言ってからギンナはルッタを見て、悪感情のない顔で笑った。
「ま、本人と出会えたのはラッキーだったぜ。じゃあなクソガキ、テメェがまともに俺らのところまで登って来れたなら、ちゃんと戦ってやんよ。おら、行くぞッ」
「「「へいっ」」」
そうしてギンナと一行が嵐のように去っていく。その様子にシーリスも舌打ちはしたものの、さらに突っかかることはなく、彼らが去った店内は静まり返ったのだった。
やるべきことを全部教えてくれたギンナさんに感謝しつつ、ルッタくんは散弾銃に伸ばしていた手をそっと下ろした。
なお、この後に序列二位が子供をいじめてるって噂が広がり、闘技場の支配人が「ウチの序列二位、少年ハンターから逃げてるんですけどwww」って噂も流して引火する。興行潰されたのを根に持ってるらしい。