012 疑惑判定少年
ルッタはケープの裏に隠した魔弾散弾銃をいつでも取り出せるように右腕を少し後ろに傾けながらも、それを感じさせないように声の主の方へとゆっくりと視線を向けた。
そこにいたのはトカゲ面の人物と、彼に従う男たちだった。
(蜥蜴人族? 珍しいね。いや、この辺りでは普通なのかな?)
蜥蜴人族は寒さに弱く、獣人の中でも比較的南にいることが多く、ルッタもこれまであまり見かけることがなかった種族だ。
もっとも、このシェーロ大天領はこれまでの海域よりもずいぶんと南にある天領だ。であれば、蜥蜴人族が普通にいてもおかしくはないか……と思い直す。
「ギンナさん、こいつが多分、例のヤツですよ」
「ああん? チッ、そういうことか。興味本位で入ってきたのじゃなく……ああ、マジでガキなのかよ」
ギンナと呼ばれた蜥蜴人族の男がルッタの顔を見て、続けてルッタのそばにいたシーリスやマリアたちにも目を向けた。
特にマリアの格好から彼女が軍属であることに気付いたようで、ギンナはあからさまに顔を顰めながら口を開いた。
「おいガキ。テメェが風の機師団のエースのガキだな」
「ガキというならもうひとりいるけど、エースというなら俺の方かな」
「むむ!?」
状況に気づいたメイサがルッタの返しを聞いて眉間に皺を寄せるが、口を挟むことはなかった。メイサも己がルッタと張り合うどころか、同じ土俵にすらまだ立てていないことを理解している。
「ソロドラゴンスレイヤー、鮫殺し、ビッグアングラー。最近じゃあテメェの二つ名を聞かねえ日はないぜ。たいそうな活躍をしてるそうじゃあねえか」
「そりゃ、どうも」
言葉だけを聞いていれば誉めてはいるが、実際そうではないことはギンナの表情からも明らかだった。
「話だけ聞けばまるで夢物語だ。現実味のねえガキの戯言にしか聞こえねえ類の……よ」
ギンナの言葉にシーリスが眉をひそめるが、ルッタとしてはそう思われる方が自然であると理解している。だからギンナの言葉に反発する気持ちも起こらないし、そもそもルッタにとって重要なのは功績や栄誉などではなく、それを成せる実力が己にあるか否かなのだ。雑音に揺らぐような柔な性格ではなかった。
「ルッタくん、そこの人はギンナ・エルゴ。このシェーロ大天領の闘技場、そこの序列二位の剣闘士だねぇ」
「へぇ。詳しいねマリアさん」
「まーねー。ここも結構滞在してるしー」
ルッタの言葉にマリアがニヘラと笑って返す。
「ハッ、ガキが軍人とも仲良しこよしかよ」
「まあ、そんなとこ?」
ルッタが頷く。特に隠し立てすることもなく、リリのオマケではあるとはいえ、ルッタは正しくヘヴラト聖天領軍の庇護化にあるのだからギンナの指摘は実際正しい。
もっともこの場の人間で、そのギンナの煽りに苛立ちを隠せない人物もいた。
「ほーん。そんで。序列二位? アンタはケチつけたいだけなのかい? だったらルッタとやってみりゃ分かるさ。その噂が真実か否かってのをね」
そう言って挑発したのはシーリスだ。彼女の沸点も大概低いのである。
もっともその返しに、ギンナは眉をひそめながらも激昂することはせず、皮肉げに笑って口を開いた。
「アンタ、シーリス・マスタングだな。確かそのガキに負けたナッシュ・バックと元同じクランメンバーだったって話だが……本当か?」
「ああん? それがなんか文句あるのかい?」
「ハッ、別に何でもねえよ。身内同士で仲がよろしいようだと思ってな」
含みを持たせた言葉を返しながら、ギンナはシーリスたちを見回しながら「ただよー」と口にする。
「オリャー、気に入らねえのよ。そのガキもテメェら風の機師団もよぉ。聞いたぜ。推薦人が自分とこのクランリーダーだってな? もうひとりの推薦人だってどうせそこの軍人だか、身内の貴族様だったりすんじゃねーの?」
「……む?」
その指摘にシーリスが言葉に詰まった。
ギンナの予想は当たりで、まだ公表されていない二人目の推薦人は、自分のところのクランリーダーの奥さんであった。身内のコネ万歳である。
「さっきは夢物語って言ったけどよー。別にテメェがやったことを俺は別に疑っちゃいねえんだぜ。どんだけ盛ったかは知らねーがよー。ハンターギルドが公表してんなら、それはそれで事実なんだろうさ」
「だったら」
「だとしてもだ。俺は気に入らねー」
ギロリとギンナが視線をルッタに向けた。
「さっき降りてきたテメェの機体を見たぜ。胸の飾りには笑ったが、上から下まで見事な出来栄え。まったく量産機とは思えねえ、たいそうな機体だった」
「ありがとう?」
「多少腕がありゃ、ある程度は実績が上げられそうってぐらいには強そうな感じだったぜ」
「アンタ、何を言って」
怪訝そうな顔をしたシーリスが言葉を返すが、ギンナは止まらない。
「出来過ぎだってぇ話さ。有名クランがちょっと腕のあるガキを神輿に担いで色々と手を回してる……って思われても仕方ねえと思われるぐらいにはよ?」
シーリスが顔を紅潮させてギンナを睨みつけるが、反論の言葉は出ない。自分が第三者で、客観的に今の風の機師団のことを見れば、そうした考えが湧くことは自然なことで、この場でそれを覆せるものがシーリスにはなかった。
その様子にギンナは「ヘッ」と笑う。
「ま、そいつはいいんだ。乗り手なんざ、自分を目立たせてなんぼだ。大なり小なり誰だってやってるし、自称で二つ名付けてイキってるアホなんざ掃いて捨てるほどいる」
無自覚な銀の流星さんへのディスりであった。
シーリスの脳内で落ち込むギアの姿が幻視される。
「そんなの、ハンターの中でやってる分には好きにしてくれってところだ。だがよ。こっちの界隈にまで来たんなら話は別だ」
「!?」
その言葉にギンナと共にいた男たちも、ルッタたちを睨みつけた。
「昨日、序列五位までに連絡があったぜ。上からな。話題のハンターであるルッタ・レゾンと試合を組む剣闘士はいるかってオファーさ」
クロスギアーズの参加条件である序列上位は、上から五位までを指している。
ルッタはナッシュ・バックを倒しているため、残りひとりの序列上位を倒せば、クロスギアーズの参加券を得ることが可能だ。その相手としてギンナは打診を受けていたのであった。
そしてルッタの実績や推薦人などを知ったのも、公開されている対戦相手のプロフィールを闘技場運営者から知らされたためだ。
「ああ、もう連絡いってたんだ」
「そうだ。はは、確かに興行的には美味しい話だろうよ。テメェの話は酒場じゃ聞かねえ日はねえ。そんだけ注目株ってわけだ。でもな」
それからギンナははっきりと「俺らは受けねえよ」と拒絶の言葉を口にした。
「!?」
「一位のゾロさんはクロスギアーズ参加のために今はいねえ。そんで二位から五位までテメェとは戦わねえ。俺らはそう決めた」
そう口にしたギンナの目は、怒りに燃えていた。
闘技場支配人「ギンナくん。最近話題の子供が序列上位と戦いたいから試合受けてくれって上から依頼がきてるんだけどさー。受けてくんなーい? その子供なんだけどこれまでの闘技場の試合経験は一度だけで、対戦相手は子供のクランメンバーの元仲間で、引退資金のために金積んで勝たせてもらった可能性もあるんだってさ。ついでに推薦人も自分とこのクランリーダーで身内。そのクランも有名どころではあるんだけど、貴族様のお手つきでさー。いやー、参っちゃったよ。ここ最近は話題に上がる割にはコソコソ動いていてロクに表に出てこないし、今回も軍隊に接待されて港に入ってきたりして色々怪しいクランなんだけど領主様案件だから周囲の圧も強くてねぇ。ギンナくんもさー。ほら、色々と思うことあるかもしれないけどさー。結構お金になるしね。貴族様もうるさいしね。ここはひとつ大人になって、チョチョイと戦ってくんないかなー?」
ギンナ「舐めてんのか!?」
そんな話があったりとかなかったりとか。
基本的にゴーラと戦ってるのは伏せられてるから今の風の機師団の行動って客観的に見てすごく怪しいんですよね。八百長疑惑はナッシュが引退した弊害です。
あと実績1はさすがに駄目だなー……とか。
まあ、それはそれとしてルッタくんの引き金はそこそこ軽いのでギンナさんの命は今も危険にさらされていて、対応を間違えると挽肉に転生する運命なのであった。