009 特別な存在
メイサがブルーバレットの変わりように驚いたり、コックピット内の魔改造にスナネコの顔になったり、さらに午後の訓練量に驚いたり、タラもスパルタっぷりに一緒に驚いてグロッキーになったりもしたが、その後のシェーロ大天領までの道のりはおおむね順調であった。
ヘヴラト聖天領第五兵団『エンジェルラダー』の戦艦の数が多かったこともあり、飛獣の襲撃も少なく、近づいた群れもミーアたちが対処したために安全な旅路であったのだ。
そうして五日ほど進んだ後、タイフーン号はシェーロ大天領へと到着した。
「ここがシェーロ大天領。ジナン大天領よりも大きいんだね」
「そうですわよルッタ。この近辺ではヘヴラト聖天領に次いで二番目に大きな天領なのですわ」
「へー」
港に入ったルッタが物珍しそうに周囲を見渡し、メイサが胸を張って説明している。ここの領主一族はエントラン家と繋がりがあるため、これはメイサにとって、実質身内自慢であった。
そして感心しているルッタに、一緒にいたシーリスが口を開く。
「ここの領主様はメイサやミーア様の親類だからね。そういう意味でもここは安全って考えていいんだよルッタ」
「そうなんだ。だからここまで来ればって話だったんだね」
「まあ、艦長にとっては居心地悪いだろうけどさ」
「そうなの?」
ククク……と笑うシーリスにルッタが首を傾げる。
「関係が悪いってわけじゃないけど、入り婿だからね。気を使うんだろうさ」
そう返してシーリスは肩をすくめた。銀の流星さんの家庭事情は複雑ではないが、平民上がりには肩身が狭いものだったようである。
「叔父様は、しばらくミーア叔母様と一緒に島の中央にいるようですわね」
「リリも一緒に行ってるからね。タイフーン号も、しばらくはラニー副長の指揮でここに留まることになるってさ」
「リリ姉も? リリ姉がなんで?」
シーリスの言葉にルッタが首を傾げる。
「なんでもも何もあたしらがここに来た目的を忘れたのかいルッタ?」
「目的……あ、リリ姉の保護!?」
これまでの逃避行は、ゴーラ武天領軍に狙われているリリの保護をヘヴラト聖天領に求めてのものだった。
「そういえば、そうだった」
「おいおい」
「ルッタって、結構天然なのですわね」
ルッタも忘れていたわけではないが、ルッタの中ではリリが狙われていた……というよりも風の機師団が追われていたという意識の方が強く、リリの保護という言葉が頭の中で結び付かなかったのである。
「保護っていうけどさ。リリ姉ってここで別れるわけじゃないよね?」
「リリが留まることを望まない限りは基本的には今までと変わらないね。その後はゴーラ武天領の影響下にない海域メインでの活動かなぁ。ヘヴラトにも長期留まれないし」
「ヘヴラトにも?」
その話は初めて聞いたルッタが眉をひそめると、シーリスは「そうなんだよねぇ」と言って苦笑した。
「ヘヴラト聖天領のオリジネーターの扱いってかなり特殊でさ。純粋なオリジネーターであるリリはそれに輪をかけて特別らしくてね。ずっと留まってると、色々と面倒事も多くなるのさ」
「ふーん。特別ねぇ。その割にリリ姉は今もハンターやってるし、ここに来るまでヘヴラトは助けに来てくれてなかったよね」
ここまで話を聞いた感じとして、リリが他のオリジネーターよりも強いだろうとはルッタにも予測できていた。
そもそもの話、普通のオリジネーターの乗るオリジンダイバーは、ラインやラガスよりも機体を使いこなせても、実際の戦闘力で大きく上回っているというわけではないのだ。数で攻めれば、アーマーダイバー相手でも捕らえることは可能であった。
加えてマスターキーの件もある。ヘヴラト聖天領がそれを把握していたとは思えないが、リリが特殊な扱いであるにも関わらず、ヘヴラト聖天領がここまで動いていなかったことに、ルッタは違和感を感じてしまう。
「特別扱いと言ってもオリジネーターとしての立ち位置の話さ。基本的には連中は直接リリ本人に指示されない場合には不干渉らしいんだよ」
「不干渉?」
「上位者に対して命令権を持たない……だったか。実際師匠たちが先行で訪ねていっても、こうして根回しこそしてくれたけど、接触するまでは対応されてなかったことからも徹底しているんだよね。ま、そういう融通の悪さはあるが、だからこそリリを縛ることはできないということに関しては信頼できるってわけ」
「へぇ」
ルッタは分かったような、分からないような顔をして頷いた。ルッタにとってはリリが離れるか否かが重要であって、ここでお別れではないと分かれば良かったので納得はしたのであった。そんなルッタの手をメイサが握り、前に立った。
「話は終わりましたわねルッタ? それじゃあ行きますわよ」
「ん、行くってどこに?」
「決まっていますわ」
メイサが港町を指差して、こう言った。
「アーマーダイバーのショップですわ!」