007 透明な殺意
ジャヴァ・アノール。彼のことはルッタも風の機師団の面々から事前に話を聞いていた。
風の機師団所属の元アーマーダイバー乗り。潜雲病に発症して乗り手は引退したため、現在は魔導砲台の砲手を務めている人物であり、クラン内でも古参メンバーのひとりだ。
(シーリス姉の師匠でもあるんだよね。射撃の腕が尋常じゃないって話だけど)
その技量は魔導砲台の砲手となった今でも健在で、ジェットの護りと合わさることでタイフーン号は真の力を発揮するのだと、ルッタは以前からクルーに聞かされていた。
「師匠様。艦長に騙されましたわ。わたくしの機体、なかったのですわ」
「そのようだな。後で俺がギアをぶん殴ってやる。あいつ、どこいった?」
うんうんとジャヴァが頷く。可愛い弟子との約束を反故したのだから、ジャヴァが怒るのも当然だった。
「叔父様なら、メルカヴァルで今後の打ち合わせをしておりますわね。あとシェーロ大天領で機体は買ってもらえることになりましたわ」
「そうか。ならギアは二発で済ませてやろう」
粛清の拳は回避できなかったが、それは仕方のないことだ。ここにくるまでのメイサの幸せそうな顔を見てきた師匠として、その制裁は当然の権利であった。銀の流星さんはポンポンがペインする宿命なのである。
「ルッタが一緒に選んでくれるようですわ」
「ふむ。ルッタ、テオドールの弟子だったな」
「んー、そんな感じかな」
育ての親、元雇い主というのがルッタの認識だが、弟子と言われればそうとも取れるだろう。なのですルッタが頷くとジャヴァが少し考えてから、口を開く。
「ブルーバレットを見た」
「カッコいいでしょ」
そう返したルッタにジャヴァは少し間を空けて、こう尋ねた。
「ワールドイーターの一体『悪食竜ドラクル』。お前は、両親の仇を狙っているのか?」
「うん。アレは俺が殺すよ」
それは『自然と出た言葉』だった。
リリを除く全員がわずかに体を震わせたほどに、透き通った殺意。殺すつもりという意気込みでも、殺したいという願望でもない、ただ確定事項として自身の未来の先にある殺竜の意思。それを肌で感じ取ったジャヴァが「そうか」と頷いた。
(ザッカ、カレン。お前たちの息子は……こうなったか)
ジャヴァにとってルッタの両親はかつての仲間であり、可愛い弟分で、妹分であった。その子供であるルッタを、ジャヴァも他の古参メンバー同様に自分の子供のようにも感じていた……が、目の前にいる少年は有り様はあまりにも早熟で、大人であるジャヴァにはどこか痛ましく思えた。
(しかし……俺が言えることではないか)
それが自身の勝手な感傷で、今のルッタを否定するべきものではないこともジャヴァは理解している。必要とされた時にその場にいなかった己が、自身で乗り越えた少年を憐れむ権利などあるはずもないのだと。だからこそ……
「お前の両親は俺の仲間でもあった。必要があれば協力しよう」
「うん。よろしくジャヴァさん」
今の己にできることはルッタに寄り添うことだけだとジャヴァは感じ、そう口にしたのであった。
「副長、戻ってきたってことはふたりがまた外に出たりすることはないんだよね?」
「そうだな。こうしてヘヴラト聖天領軍とも合流できたし、風の機師団もようやくのフルメンバーってわけだ。まあシェーロ大天領に行ったら、当面は一時休業だけどな」
「あー。ここまでみんな、ストレス溜まってるだろうしねー」
「その通りだぜルッタ。ようやくゴーラの手から逃れたんだ。久々に港町で羽を伸ばしてーんだよ」
ラニーの言葉にルッタが確かにと頷いた。
風の機師団の面々は心身ともに決して脆弱ではないが、それでもこれまでの逃亡生活に加えて、ここ最近の連戦による精神的な負担は大きく、心の休息は急務であった。
「あとはアレだな。大天領には闘技場もある」
「ああ、なるほど。今回で序列上位を倒せれば、クロスギアーズの参加条件を達成できるね」
推薦人はふたり確保。序列上位も後ひとり倒せばルッタのクロスギアーズ参加は確実となる。
それは、ただ逃亡生活終了というネガティブを脱しただけではなく、ポジティブな前進。それは本当の意味で、ルッタが未来に向かって歩み出した瞬間であるのかもしれなかった。