006 メイサたちの帰還
「わたくしは帰ってきたー……ですわ!」
タイフーンの甲板で仁王立ちしている少女がひとり。もちろん、それはメイサであった。彼女は久方ぶりのタイフーン号を前にして感動に打ち震えていたのだ。情緒豊かな娘であった。
「元気の良い人だね」
「ま、ウチのマスコ……いや、ムードメーカー的なところがあったからなぁ。今で言えばお前……は、いや……違うか」
出迎えたラニーがそう言ってルッタを見た。
「なに?」
「いや、お前って最初から可愛げはなかったよなーと。口調はもっと丁寧だった気はするが」
「んー。客商売してたしねえ。まあテオ爺と一緒に暮らしてれば、可愛げなんて何の役にも立たないって分かるし、こんなもんでしょ」
ルッタが肩をすくめながらそう返す。
テオに引き取られたルッタが無邪気な子供のままではいられなかったのは親の庇護から離れたこともあるが、その理由の大部分はテオの店を手伝っていたからだろう。
テオドール修理店は修理メインとはいえ、アーマーダイバーの工房であり、売れば金になるパーツがゴロゴロしていた。その上に港町からは離れた立地で、そこに目をつけた盗人との血で血を洗う戦場に慣れ過ぎた結果が今のルッタである。そのルッタの様子にラニーが諦めた顔で頷いた。
「そうだなぁ。役に立つか立たないかとか、そういうもんじゃあねえんだが。まあ、あの人の下にいたら純真無垢な子供だろうとそうなるか」
テオは元風の機師団のメンバーで、ラニーも新人の頃から彼には色々と世話になっていた。その『色々と』が本当に色々で、結果としてテオが引退後に、ラニーは風の機師団内での暗部のような役回りを任され、現在ではギアのサポートとして副長という立場になっている。だからラニーがルッタに感じているのは、同病相憐れむというヤツであった。
「おふたりとも。なーにをボーッとしているんですの?」
「あーいや」
「ちょっと雑談してただけだよ、メイサ姉」
「メイサ……姉?」
メイサ姉の言葉に、ちょうど甲板に上がってきたリリが反応してジッとメイサを見た。そしてその存在に気づいたメイサが踵を返してクルリンと回ってリリに向き合い、笑顔で口を開く。
「リリ姉様。お久しぶりですわ」
「うん、おひさメイサ。それで姉? 詳しく」
「はいですわ。リリ姉様とシーリス姉様の妹分のわたくしですので、ルッタを弟分にするのが筋かと思いましたの」
「なるほど? なるほど。うん、それは……道理」
リリがうんうんと頷いている。納得したようである。ルッタの姉試験は合格のようである。
その一方でルッタはリリに続いて甲板にやってきた男を見て首を傾げた。
その外見は全身包帯を巻いた大柄で筋肉質な坊主の大男。その人物をルッタは知らないが、かと言ってリリが気づいていないはずもなく、であればとルッタがその人物の正体を思案していると、包帯男がルッタたちに向かって口を開いた。
「メイサ、戻ったか」
「はい師匠様。戻りましたわ」
「おっと、ジャヴァの兄貴も上がってきたんですかい?」
「ああ、今日はあまり痛まない……からな」
そのやり取りでルッタも目の前の包帯男の正体に気がついた。
(めちゃくちゃマッチョで坊主頭。ああ、この人がそうなんだ。包帯からは結晶が突き出ているし、結構進行しちゃってるみたいだね)
体から水晶体が突き出てくる症状。それは潜雲病によるものだ。潜雲病は竜雲海上に長く居過ぎために魔力が体内に溜まり、それが結晶化して体外に突き出てくる病気だ。突き出た結晶周辺の肉体の石英化を引き起こして痛みを与え、最終的には死に至る。ハンターならば誰もが発症することを覚悟している病であり、特にアーマーダイバーの乗り手の発症率は高く、乗り手の引退理由のひとつでもあった。
「えーと副長、この人がジャヴァさん?」
その言葉に反応したのはラニーではなく、坊主頭の男の方であった。
「ああ、ジャヴァ•アノールだ。メイサ共々、タイフーン号に帰還した。これからよろしく頼むルッタ•レゾン」
「うん。よろしくジャヴァさん」
これでようやく名前だけ出てたメイサとジャヴァの合流が完了。長かったなぁ。