005 抑止の首輪
「『アレ』はママの代ではできなかったことだから、パパも知らないしー。んでも実際にやり合ったら『切り札』抜きじゃあ負けは確実。使って勝っても対策されたら次はもう勝てないかなー」
マリアがそう口にする。
それは普通に戦ったら勝ち目はないと言っているも同然の発言だったが、映し出されたシミュレーション映像を見れば、反論できる者はいなかった。
マリアの乗るヴィーニュは情報収集を目的とした斥候タイプの機体で、純粋な戦闘能力という点では他のオリジンダイバーに劣る。
もちろん、それでも機体性能は圧倒的にヴィーニュがブルーバレットを上回るが、オリジンダイバーを五機も落としたルッタに対してまともにやり合って勝てるとはマリアも思えない。
「そうなるとアンタのルッタ少年へのカウンターとしての価値はなくなる……か。なるほど、私の判断が間違ってたね。こりゃぁ」
頭をかきながら言うミーアに、マリアが肩をすくめる。
「過剰戦力もリリ『様』だけなら問題はないんだけどねー」
「そうだね。リリ『様』は新たな領主となり得る資格があるお方だ。彼女が望むならば我々は受け入れるのだけれどね」
そう口にしたふたりの声は若干機械的な、感情の篭っていないものだった。それは彼女らの魂に根付いているオリジネーター因子が表面化した際に出る状態だ。
彼女らにとって、マスターキーの存在を知らずともリリ・テスタメントは特別な存在だ。
本来オリジネーターと呼ばれるホムンクルスに身分の差というものはなく、そこにあるのは役割があるだけ。ソルジャーとコマンダーとドミネーターは等価であり、彼ら彼女らの上位存在は古代イシュタリア人のみであり、彼らの扱いは生体ロボットに近い。
けれどもリリは少しだけ彼女たちとは違っていた。リリは特別な目的のために作られた固有種。性能はハイエンドに位置し、エントリーに位置する通常のオリジネーターどころか、古代イシュタリア人よりも上位の権限を持つ存在であった。
それ故にヘヴラト聖天領は『彼女が望めば、全てが許される天領』だった。
とはいっても、それは一方通行なもので、ミーアたちが彼女に何かを求めることは許されない。故にリリが自由を望んだから、彼女たちはリリが風の機師団に所属することを止めたりはせず、リリがゴーラ武天領軍に襲われていてもリリから命令されたわけではないから、積極的に手助けすることはなかった。加えて、リリの特殊性を尋ねられていないのだから、その事実を風の機師団は知らない。
つまりはオリジネーターという造られた人間は、リリが望まぬ限り、リリが死のうとも自主的に彼女に手を出すことはない。そこには、人間とは違う価値基準が確かに存在しているのである。
けれども、それはリリに限った話だ。
「ルッタ少年はリリ『様』とは違う。そして彼は自分の価値を正しく示し過ぎている」
マリアの映すホログラムの映像を含んだ対ゴーラ武天領軍の情報は、当然この後ヘヴラト聖天領軍内全体へと開示されていく。
彼女は軍属であり、ゴーラ武天領軍の戦力も含めて正しく情報を軍と共有する義務があるのだ。
そして、今回の戦果を見れば、ルッタ・レゾンがたった一機で兵団と同等の戦力を有していると判断されるのは明白。実際、今回襲撃してきたゴーラ武天領軍の第七兵団『クリムゾンシャーク』は、ミーア率いるヘヴラト聖天領第五兵団『エンジェルラダー』を上回る戦力を有していたにもかかわらず、あの様だ。
実績だけを踏まえれば、ルッタはひとりでミーアたちヘヴラト聖天領第五兵団を殲滅可能な戦力という位置付けになるだろう。
「軍内でもこの映像を見れば危険視するものは出るだろうが……まあ、クロスギアーズ前だから、毎年のことではある。あるんだが……問題はあの子がタイフーン号に所属していて、リリ様のそばにいるってことなんだよねぇ」
「だねー。強いと言ってもまだ子供だしー。どういう人間かも分からない。原理主義が騒ぐかもしれないしー、聖騎士団の中でも問題視するのは出てくるかなー」
クロスギアーズの開催も近い時期だ。
通常であれば、監視だけつけて様子見と判断されるだろうが、そばにリリがいる時点で過激な動きに出る者がいてもおかしくはない。
またオリジネーターの血が薄まった世代は枷が外れている者もいるし、リリの価値を共有された彼らが人間としての判断で行動する可能性も捨てきれなかった。
「だから私があの子につくよー。パパもいるしさー」
マリアがニパッと笑ってそう言った。
「アンタが首輪になるってことかい」
「そそー」
ミーアの返しにマリアが頷く。
マリアとオリジンダイバー『ヴィーニュ』がルッタのそばにいて、何かあった場合に彼を処分可能な首輪として機能するのであれば、危険視する意見も流すことはできる。それがマリアの判断だった。
「いや、アンタがパパと一緒にいたいだけだろうに」
「はっはー」
母親の指摘にマリアが笑って返す。
マリアはパパ大好きっ子である。
「それにしても」
ミーアがホログラムを見る。
「ルッタ少年はクロスギアーズに出るつもりなんだろう? こりゃぁ、優勝はあの子で決まりかねえ」
それほどの実力がある。ミーアの言葉には他のクルーたちも同じ思いではあったが、マリアだけは少しだけ考えてから首を横に振った。
「どうかにゃー。ルッタくんはー、というかブルーバレットはあくまで飛獣戦用だからー。今のままじゃー優勝まではー、難しいかもね?」
マリアには視えている。ヴィーニュを介して得たブルーバレットの性能を。だからこそ、分かってしまうのだ。ブルーバレットの問題点を。
もちろん優勝まで進められる実力はある。けれども竜雲海ではなく、闘技場という狭いフィールドの中では、相性次第ではあっさりと負ける可能性があることをマリアは察していた。
闘技場っていう前提条件だと、まだイシカワ相手にルッタくんは勝ちの目が見えていなかったり。
自由に飛べない、竜雲海に隠れられない、飛び道具も使えない状況で、高出力でパイルバンカー四本持ちで最近盾まで手に入れて硬くなったブースターお化けの対処はしんど過ぎる。
まあ、当然ルッタくんも対処は考えているし、ここからはそこも踏まえて動くことになります。