003 ばーつ!
そしてブリッジに入ってきたのはミーアの面影のある白髪、碧眼の女性であった。
年頃は20を越えているだろうか。リリに比べれば若干の人間臭さというものがあるというか、表情にだらしなさを感じられたが、並べば姉妹と言われても頷けるような容姿をしている。
(オリジネーターの人?)
ルッタが首を傾げて現れた女性を観察していると、その女性はツカツカとブリッジ内を進み、ミーアの横に並んだ。
「はーい。パパおひさー。それと君がルッタくん? マッジで子供なんだー。私はマリア・エントラン。ギア艦長の娘だよー。よろー」
「あ、うん。よろしくマリアさん」
なんだか、とっても緩かった。それからギアが呆れたような、安心したような顔で手を挙げる。
「おう。お前も元気そうで何よりだよマリア。その間延びした感じもな」
(マリアさんか。外見はリリ姉に似ているけど……なるほど。艦長らしいかはともかく、骨格が若干がっしりしていて細身ではないなぁ。いや、リリ姉が細いだけなんだけど)
リリが細過ぎるということは無いが、彼女は魔力による強化無しでも凄まじい身体能力を持っている。対してマリアはオリジネーターの特徴を有しつつも、どことなく普通の人間の印象を感じさせていた。ちょうどミーアとリリの中間のような雰囲気である。
「ルッタ、一応言っておくがマリアは俺の子供だからな。マジで」
「そうなんだ」
義理の娘かともルッタは考えたが、言われ慣れているのだろうギアがそれを否定する。
(ふーん。オリジネーターとの子供ってオリジネーターとしての特徴が隔世遺伝的な感じで出るのかな? なんか口調は軽そうな人だけど)
ギアはどう見てもオリジネーターの血筋には見えないし、ギアとミーアの娘であるのにマリアの方がオリジネーターとしての特徴が強いので、ルッタはそのように考えた。それとなんか軽そう。全体的に。口調とか。頭とか。
「それとメイサ。いい加減、アンタも彼に挨拶したらどうだい?」
「うう、そうですわね。あたくしがお姉ちゃんなのですから……というか普通に話をしていて忘れてましたわ」
涙を拭い、握った拳を下ろたメイサがルッタを見る。
腰に手を当てて仁王立ちである。それは彼女なりの威厳の出し方であった。
「わたくしの名前はメイサ・エントラン。風の機師団のメンバーのひとりにして、あなたと同じアーマーダイバー乗りですわ」
「はは、アンタはまだ見習いだけどね」
「ミーア叔母様。機体をいただける予定だったのですから、もう見習いではありませんわ。まだ機体が……ないだけ……で」
あ、泣きそう……とルッタは思ったが、メイサは留まった。
メイサは13歳。ルッタとは1歳違いではあるが、お姉さんである。これ以上の無様は晒せなかった。後で買ってもらえる、後で買ってもらえる……と口の中で呟きながら、キリッと前を向いた。ちなみにルッタが小さいので、ふたりは外見年齢的には3歳ぐらい差があるように見える。
「あ、はい。ルッタ・レゾンだよ。よろしくメイサさん」
「メイサ姉ですわ」
「メイサ……さ、ねえ」
「よろしいですわ」
メイサは満足そうに頷いた。
それは愛機の受け取りとともに、タイフーン号に着いたらこうしてやろうと決めていたことだった。
アーマーダイバー乗りとしては劣っていたとしても、年上のお姉さんというポジションは誇示したい、リリやシーリスと並ぶ立ち位置になってみたい……という可愛らしい考えから来たものだった。
「ふっ、元気になったようだね」
「いつまでも落ち込んではいられませんわ。マガリさんに機体を譲られたのは仕方がないことですし、別の機体をいただけるというのですから、それまで我慢ですわ!」
「そうだな。ルッタ、シェーロ大天領についたらメイサの機体を見繕ってくれるか?」
「ルッタが……ですの?」
「そいつはテオの元で何年も修理屋をやってた。目利きも確かだよ」
実際、これまでの実働時間を考えれば、ルッタは乗り手よりも整備士といった方が正しくはある。加えて、ルッタは風の機師団の整備班とは違い、複数の機種の知識が豊富なために、新しい機体を選ぶのであれば申し分ない人選だった。
「ふーん。師匠様もテオ様には敬意を払っておりましたわ。そのお弟子さんならば信用いたしますわよルッタ」
「了解、メイサ姉。まあ、どんな機体が欲しいか聞いてから探してみるよ。それでさ」
ルッタがミーアを見る。
「ミーアさんの言うお仕事の一環ってなんだったの?」
「ああ、話が脱線してたね。別に難しい話じゃあないさ。我々ヘヴラト聖天領第五兵団はアンカース天領の状況次第じゃあ、即座に動くようにって指示があったわけでね。ま、アンタらが解決したわけだけど」
仮にアンカース天領でランクS飛獣が誕生した場合、飛獣の群れはジナン大天領ではなくシェーロ大天領の方へと向かう可能性もあった。その為、ミーアたちはアンカース天領奪還作戦への参加(時間的に無理ではあったのだが)、或いはシェーロ大天領防衛戦への参加するためにこの場に来ていたのである。
「だからここらで網張ってたらタイフーン号とゴーラがやり合ってて、こうして合流できたわけだけど、戦況を見ればひとりトンでもないのがいたわけでね。見方によってはたった一機で兵団の戦力と同等と見られても仕方のないようなのがさ」
目を細めてミーアがルッタを見た。
「ああ、それで俺が呼ばれたんだ」
「そういうことだね。リリ『様』と合わせれば、兵団ふたつ分でカウントできるかもしれない。つまり私たちは、自分たちで制御できない兵団に匹敵する戦力を自領に案内することになる。だから見定める必要があったのさ。私自らね」
そう言ってからミーアは笑って話を続けた。
己の旦那の仲間であるのだから問題はないだろうと思いつつも、それだけで良しとするには、その戦績が大き過ぎた。そのための検分がルッタを呼んだ理由であった。
「ま、単純に私が見たかったってのもあるけどね。推薦人としてさ」
「推薦人? ああ、クロスギアーズの」
現在のルッタの目的のひとつにもなっているクロスギアーズの参加には序列上位の剣闘士2名への勝利と公認の推薦人ふたりから推薦を得る必要がある。
ルッタはギアの推薦とラダーシャ大天領闘技場の序列一位であるナッシュを倒している。クロスギアーズ参戦に必要な残りの条件は、別の天領の闘技場の序列上位をひとり倒し、推薦人をひとり確保することだった。
「察してくれたかなルッタ少年。君のもうひとりの推薦人は私だよ」
「ミーアさんが?」
「私も一応上級貴族だからね。推薦の権利は持っているのさ」
このアーマン大陸内において貴族は爵位とは別に上級と称される身分が存在している。
具体的に言えば八天領、大天領の上位に当たる貴族たち、または通常の天領の領主が上級貴族相当に該当される。ミーアのエントラン家もまたヘヴラト聖天領での上級貴族に当たっている。
「てことは艦長も上級貴族?」
「いんや。姓こそ貰っちゃいるが、俺はハンターだからな。ヘヴラト聖天領に属しているわけじゃあないから貴族じゃあねえな」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんなのさ。私と一緒にいる間は貴族相当として扱わせてもらうけどね」
「ハァ、だからヘヴラトは居心地悪いんだけどな」
ため息を吐くギアにミーアが笑う。
「ま、そんなわけで仕事としても個人としても君とは会ってみたくてね」
「ふーん。じゃあ推薦は貰えるの?」
「そうだね。実力は申し分ない。性格も問題なし。ただ、推薦するにはちょっとした条件をつけさせてもらいたいかな」
ミーアが含み笑いでそう口にした。
その様子にルッタが眉をひそめたが、ミーアは笑ったまま話を続けた。
「なーに、大したことじゃない。君の実力を知るためにウチのマリアとちょっと模擬戦をしてくれないかい?」
「へぇ」
その言葉にルッタの目が細まり、好戦的な笑みが浮かぶ。そしてマリアの方は……
「いや……瞬殺されるし、絶対ヤだけど」
両手をクロスしてバッテンを作り、全力拒否をしたのであった。
マリア「むーりーむーりー」
プロット上では今章前半部分唯一のバトルシーンのはずでしたが、マリアさんが拒否ったので前半バトルシーンは消滅しました。後半のバトルシーンにご期待ください。