001 ハレンチブレイク
第1部『exodus』に続きまして本日より第2部『escalation』雪崩新生の章を開始いたします。
今章からは三日に一話更新予定です。
※船医のマーヤ•ドゥドゥさんと名前が被っていたのでギアの娘の名前をマーヤからマリアに変更しました。
「あんまりですわー」
メイサは激怒した。かの邪智暴虐の叔父をブチのめさなければならないと決意した。メイサには事情が分からぬ。メイサは叔父の姪である。だからどうした。乙女心を弄んだ叔父はブン殴る。そう覚悟を決めた時、メイサの拳はすでにギアのレバーに突き刺さっていたのだ。
「ウガッ」
貴族の出であるメイサの身体能力は、魔力の上乗せによりギアのソレを超えている。わずかな距離を滑らせるようにすり足で移動し、己の体重を乗せた一撃をメイサはギアに見舞ったのだ。それは子供の身体能力を超えた力と、鍛え上げられた功夫の融合。ギアは嗚咽した。
「叔父様はわたくしを弄びました。わたくしの気持ちを弄び」
「ちょ、待て。これには理由が」
「踏みにじったのですわ!」
うずくまるギアに、ドドンッという顔のメイサが涙目で叫ぶ。そして……
「……うわぁ」
「「ん?」」
ギアとメイサが突然聞こえた声の主の方に視線を向けると言葉通りに「うわぁ」という顔をしているルッタが立っていた。
「これ修羅場ってヤツ? 艦長の奥さんって俺と同じくらいのこの娘? 姪を嫁に? ヤバ」
とんでもない誤解が生まれていた。
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「あっはっはっはっは。メイサがギアの奥さん? た、確かにそれは……ヤバい、というか完全に犯罪だわ。あははははははは」
ヘヴラト聖天領第五兵団の旗艦であるメルカヴァルのブリッジ内では女性の笑い声が響き渡っていた。
大笑いしているのはひとりだが、ブリッジにいるほとんどの人間も押し殺すように笑っていた。その視線の先にいるのは顔を真っ赤にしているメイサと、もう死にたいという顔をしてうずくまっているギアだった。心とお腹のどちらもがとても痛かったのである。
「いや、だってさ。艦長に奥さんがいるなんて初めて聞いたし、黙ってた理由とかあるなら、まあそういうことかなって。幼妻とかいうんでしょ。イシカワさんが言ってたよ」
そのルッタの言葉に、この場にいないイシカワの好感度が何故かガクンと下がった。
当人がいれば2次元限定などと言い訳もしただろうが、彼のクランメンバーを見れば、その言い訳が言い訳として成り立たないのは明白であり、ギルティと言うしかない。ノットギルティと思っているのは当人だけだし、実のところイシカワは被害者の側なのだが、世間様はそうした事情を考慮などしてはくれないものなのだ。
なお、のちにクロスギアーズのダークホースとなるイシカワをヘヴラト聖天領軍が調べていく過程でこの情報が広がり、さらなる試練がイシカワに訪れることをこの時点ではまだ誰ひとりとして知る由もなかった。
「わた、わた、わたくしが叔父様の奥様!? ハレンチ! 叔父様、ハレンチですわ!?」
「勘弁してくれ。ミーアも止めてくれ。マジで折れてると思うんだが」
「後でマーヤに見てもらいな。まあ事情が事情だから仕方なくはあるがね」
「そうだねー。マガリさんのことは最初に話しておくべきだったよね」
ミーアの言葉にトホホという顔で俯くギアを尻目に、事情を察してこの場でマガリの件の説明をしたルッタも頷いていた。
「うう……そうならそうと言ってくだされば。マガリさんがそのような状況に追い込まれているのであれば、わたくしだって我慢するしかないではないですか。ううう」
風の機師団のメンバーであるメイサは当然マガリとは知己であり、ギアが言い淀んだりせず、ちゃんと話していればレバーに拳が刺さることもなかったのである。ただ、それはそれとして、貰えるはずだった自分の愛機がなくなっていたことはどうしようもなく彼女には悲しかった。
「まあ。悪いとは思ってる。その後も連絡できる状況じゃあなかったしな」
ギアが脇腹をさすりながら、そう口にする。
忙しない状況であったことも確かだし、マガリの情報が流出すればゴーラ武天領軍が狙う可能性もあった。ギアとしても辛い判断ではあったのだ。
それからメイサに視線を向けて「まあ、でも」と話を続ける。
「ゴーラとの衝突もどうにか切り抜けて、被害もほとんどなかったからな。今の財布の状況なら代わりの機体をシェーロ大天領で買うことはできる。だからちょっと待っててくれよメイサ」
「本当ですの?」
メイサの顔がパッと明るくなった。
ギアも今後のクランの運用を見据えれば、あと一機はタイフーン号に用意したいとは思っていたのだ。それはルッタがリリのように最前線で戦うのであれば、中間層の護りをもう少し厚くしておきたいと考えていたためだ。
ジェットの護りは完璧で、シーリスの狙撃も優秀ではあるのだが、ルッタとリリが船を離れた場合に数で押されるとどうしても船まで近づかれてしまう。深刻な状況になる可能性は低いとはいえ、まだ見習いのメイサを配置することで弱点をカバーするのと同時に、メイサの経験も積ませたいという意図がそこにはあった。
そして機嫌を直したメイサといまだに脇腹をさするギアを見てやれやれと言う顔をしながら、ミーアがルッタの方に視線を向ける。
「ハァ、まったく。アンタらは。すまないね少年。来てもらって身内が早々騒がしくして」
「いや、別に問題ないよ。騒がしいのはどっちも風の機師団の仲間でもあるわけだし。それよりもあなたがギアの奥さん?」
ルッタの問いにミーアが頷く。
「上級貴族のミーア・エントラン侯爵だ。ギアの嫁で、エントランス家の当主。そして、このヘヴラト第五兵団『エンジェルラダー』の団長だよ」