001 タイフーン号の日々
今章よりストック尽きるまでは毎日更新です。
「ハァ、癒術ってのはすごいな。もうこんなに治ってるのか」
ルッタが腕の包帯を取ると、まだところどころにカサブタは残っているものの健康的な肌が姿を現した。
マーヤによれば、体自体はすでに完治し、後はちゃんと栄養を取れば元に戻るだろうとのことだった。
「再起不能になんてならなくてよかったよ。確かにテンションあげあげで後先考えずに動かしてたけどさぁ」
そんなことを口にしてルッタは少しだけ安堵の息を吐いた。
戦闘も終わり、その後の自分の状況を人づてで聞いてルッタ自身も相当にビビっていたのである。何かしらの後遺症が残ってしまうのではないかとも心配していたのだが、それは杞憂であった。今のルッタは健康体。若さゆえの回復力があった。
(けど、まさか一週間も寝込むことになるとは思わなかったな。いや、マーヤ婆の魔術がなきゃもっとかかったか死んでたってことを考えればこの船に乗れてホント運が良かったというべきなんだろうけど)
ルッタは肩をグルグルと回しつつベッドを降りる。
そこは船医室ではなく、彼に用意された個人部屋の中だった。それから外に出たルッタが共用の洗面所にいくとそこにはシーリスがいた。
「おんや、もう起きたんだねルッタ」
「おはようシーリス『姉』」
ルッタがそう返す。その呼び名はリリが姉なら自分も姉だろうというシーリスの言葉により決まったものだった。なお、リリは姉が増えたことで若干頬を膨らませていた。
「もう起きていいんだ?」
「うん、マーヤ婆のお墨付き。今日からは動けます。けど」
「けど?」
顔を拭きながらシーリスが首を傾げるとルッタは自分の部屋のある方へと視線を向ける。
「部屋、俺ひとりってのは本当にいいんですか? クルーは相部屋か四人部屋が基本ですよね?」
「乗り手はひとりひと部屋ってのが決まりだからね。優秀なアーマーダイバー乗りは貴重で、待遇は当然良いものにしなくちゃいけない。スカウトで呼び込むこともあるし、そういう時に相手から見てルッタの待遇が悪いってのもね。逆に特別扱いすることもそれはそれで問題になるんだよ」
「なるほど。そういうものですか」
「そうだね。他のクランでも大体乗り手の待遇は良くしてるしね。それだけ優秀な乗り手ってのは価値があるわけ。あんたも自分自身の価値ってものをよく理解しておきなさい」
「うう、はい」
ルッタは自分がアーマーダイバー乗りとして優秀であることを自覚している。正しく言えば『誰よりも優秀』だと自負している。人に言えば過剰な自信と笑われて返されるだろう。けれども、そのモチベーションこそが上にいく者、あるいは上にいる人間に必要なものだとルッタは無意識で理解していた。
もっとも、それがこの世界の中でどれほどの価値を持っているのかについては、小さな天領の小さな港町しか世界を知らない少年にはまだ分からないことだった。
「それで、ルッタ。あんたは今日どうするの?」
「そうですね。ジェットさんの訓練に参加させてもらうんで、朝食を食べたら甲板にいくつもりです。あと午後はアーマーダイバーのガレージですね」
「ジェットの旦那ね。あの人も新人相手には厳しく行くタイプだけど……ルッタなら問題ないか。ま、頑張って」
そう言って顔を拭き終わったシーリスはその場を去っていった。
**********
シーリスと別れた後にルッタが向かったのはタイフーン号の食堂だ。その間に歩いた通路でクルーとすれ違うことが何度かあったが、すでに彼らとは顔見知りで朝の挨拶も交わし合える仲となっていた。
実は二日前に行われた歓迎会でルッタは現在搭乗しているクルーの全員との顔合わせを終えていた。その時はまだマーヤから動くのを禁止されていたために簀巻きで貢物のように扱われていたのだが、タイフーン号のクルーの大半はルッタを受け入れている様子だった。何しろゴーラ武天領軍と戦い、タイフーン号を救った活躍を彼らは直に見ていたのだから子供だと侮る者がいるはずもない。
(とはいえ、持ち上げられ過ぎるのも座りが悪いんだよなぁ)
ルッタの現在の立場は、ハンタークラン『風の機師団』所属のアーマーダイバー乗りだ。元々ハンタークランに所属することを希望していたルッタにとって風の機師団への入団は抵抗がなかったし、先の戦いの功績とリリの推薦によりブルーバレットの乗り手にすんなり決まったことも素直に喜ばしかった……のだが、当人にとって過剰すぎる今の待遇は田舎町の小僧にとってはこそばゆいものがあった。
「あら、ルッタじゃない。カレンちゃんの子供だから大盛りにしとくわね」
「あ、ありがとうございます」
食堂の料理長のおばちゃんラタール・ネーシャンがご飯を山盛りで渡してきた。母親であるカレンが大食いだったらしいとはルッタはこの船に入ってから知ったことだ。
(母さん、食事量を抑えていたんだろうなぁ)
テオからはそれなりの給料を貰っていたはずだが、さすがに稼ぎの大きい風の機師団にいた頃とは収入が違う。その後一人暮らしになってからも含めて平民が早々贅沢ができるわけではなく、ルッタにとって腹一杯にご飯が食べれるということは純粋に嬉しいものだった。
(うう、食べ過ぎたか)
そして小休止を挟んで、お腹をさすりながら甲板に上がるとジェットがいた。
「おはようございますジェットさん」
「おはよう。ラタールが喰わせすぎたか」
「あははは、美味しかったんですけどねぇ」
「だろうな。まあいい。俺に全部を合わせる必要はない。経験も体格も違う。付いてこれるだけやるといい」
そのジェットの言葉に「はい!」と返し、ルッタはジェットともに鍛錬を開始するのであった。