020 忘れ形見
「まったく、ありゃとんでもない坊やだね」
「世話をかけるなマーヤ」
タイフーン号の艦長室。その中には風の機師団団長にしてタイフーン号艦長であるギアとアーマーダイバー乗りのジェットがいて、またふたりの前では医務室での業務を助手に交代させてきたマーヤが椅子に座っていた。
彼らはタイフーン号の古参メンバーだ。同様にこの集まりに参加することがあるメンバーは他にふたりいるがひとりは仕事中、ひとりは現在船にはいなかった。
「ま、ルッタ坊はあたしらの命の恩人だ。今回は全滅していてもおかしくはない状況だったし、死人が出てないのは奇跡みたいなもんさね。だからちーっと手間がかかろうがなんでもないさ。それにカレンとザッカのガキならあたしの孫みたいなもんだ」
その言葉にジェットが頷く。クルーは家族。そして元クルーの子供もまた彼らにとっては家族同然であった。
「それで目を覚ましたということは聞いたが、ルッタの様子はどうだ?」
「また眠ったよ。まあ外傷と疲労だけだ。骨のヒビもあって、内臓もダメージはあるが裂けたのはなかったし、このまま休ませれば問題はなさそうさね。今夜か明日にはまた目を覚ますさ。一応ヒールはまた一通りかけておいたし」
戦闘面においてアーマーダイバーに取って代わられた魔術だが、治療面においては変わらず重要視されている。
そしてマーヤは医者であり、癒術師と呼ばれる回復魔術の使い手でもあった。おかげでルッタの全身の負傷も現時点でほどほどに治っている。
「まあ、あの子の負傷は最後の魔鋼砲弾の爆発よりもそれ以前の操縦の負荷によるところの方が大きいよ。そうせざるを得ない相手だったのも分かるし、あの年ということもあるけどさ。それにしても無茶が過ぎる操縦だったみたいだね」
「ダイバースーツを着ていなかったことを考えても……ひどいものだったな。俺が現役だったときにだって操縦だけであんな風になったことはない」
ルッタをコクピットから出したときのことを思い出しながらギアがそう口にする。
ゴーラ武天領軍の退却後、タイフーン号はブルーバレットを回収してヴァーミア天領を出た。そしてブルーバレットのコクピットからルッタを救出した際には、その全身は血塗れでボロボロで、それは見た者が悲鳴をあげるような有り様だった。
「子供だからね。コクピットから振り落とされないように死ぬ気で体を押さえつけてたんだ。加えてあの異常な機動。あれじゃあ中で全身を殴打され続けているようなもんだったろうさ。で、皮が剥がれて血塗れになった。ノワイエを仕留めたときの衝撃がトドメになったんだろうが、すでに限界だったんだと思うよ。ただ機体の方の損傷はそこまでではないらしいがね」
マーヤがテーブルに置かれたグラスの酒を煽る。
「整備班でおおよその修理は終えた。一番ひどいのは左腕のパーツだが、それも許容範囲内だ。関節部の損耗はかなりのものだったようだが船の中の予備でなんとかなったとコーシローも言っていた」
ジェットの言葉にギアが「なるほどな」と口にする。
「それだけ負荷の大きい動かし方をしていたというわけか。テオはいっちょまえに乗ると言っていたが、それどころじゃないな。戦闘後にシーリスが興奮しすぎて奇声を発していたぞ」
そう言いながらギアのグラスを持つ手も震えていた。
先の戦いを思い出したのだろう。量産機でオリジンダイバーと渡り合う。アーマーダイバー乗りならそんなジャイアントキリングを一度は思い浮かべる。そんな夢想を目の当たりにしたことで、足を失って乗り手を引退したはずのギアの胸の奥も熱くなっていた。
その様子にジェットとマーヤは目線を交わしあいながら苦笑し合う。
「アレはまだ子供だ。技量に体がついてきてないから鍛える必要はあるが……そこを差し引いても」
ジェットがそう言いながらギアを見た。
「ああ、ノワイエはオリジンダイバーの中では機動力も低く防御型。だからこそ渡り合えた……ということはあるにせよ、ルッタ・レゾンの戦闘能力がオリジンダイバーに届き得るのは間違いない。適性が低いから量産機しか乗れないとしても、体がきちんとできれば或いは」
肉体と機体が十全であれば、倒し切れていただろうとはこの場の全員が考えていることだ。
それは子供ということを抜きにしても異常な腕前。
「その技量をゴーラに知られちまったからねぇ。もうひとりで船を下ろすわけにはいかないさね」
マーヤの言葉にギアが頷く。仮令ルッタがどれだけ強力なアーマーダイバー乗りでもひとりでは戦えない。そしてゴーラ武天領に目をつけられた以上は放り出すという選択肢もない。何よりも……
「腕があろうとなかろうと追い出すような真似をするつもりはない。ルッタはテオからの預かりものだ。ザッカとカレンの忘れ形見だ。テオに代わってルッタはうちで育てる。あいつが自分自身の道を選び取るまではな」
ギアはそう口にして酒を一気に飲み干した。
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