052 平和主義者の平和的虐殺思考
戦いは続いていく。けれども次第にルッタの動きがどこか精彩を欠いたようになっていき、少しずつ退いてくことが多くなっていた。その様子にヒムラも気付き、戦闘の均衡が崩れつつあると感じて勢いを強めていく。
『動きに焦りがあるね。ルッタくん』
『ルッタ、お前体力ねえから長期戦厳しいんじゃなかったっけ? 疲れてんなら俺が前に出るぞ』
「あのさー。イシカワさんは味方の弱点をペラペラ喋らないでくれるかなー」
『あ、ワリィ』
イシカワの謝罪にやれやれとは思いつつも、ルッタはアームグリップとフットペダルを小刻みに動かしながら機体を器用に操作して敵の攻撃を避けていく。
「まあ、いいんだけどね。ねえヒムラさん、さっきの話の続きなんだけどさ。平和、平和って言ってるけど、結局そちらさんは何がしたいわけなの?」
『何を……ねぇ。どういうことが聞きたいのかなルッタくん?』
「つまりは着地点? とかそういうのはあるわけでしょ。多分さ。最初は異世界転移者のためだけの天領を作ろう……とかかなーと思ったんだけど、それにしては全方位敵に回し過ぎてるよね」
かねてよりアルティメット研究会の悪行は問題になっていたが、今回は四つの天領を滅ぼしてランクS飛獣を生み出そうとしたのだ。それは今後さらに多くの天領を滅ぼし得る所業であり、このアーマン大陸で生きる者として許されるラインを完全に越えている。この騒動が広く知れ渡れば八天領が総出で組織を潰そうと動く可能性は高いのだ。
『心配してくれるのかいルッタくん。ありがとう』
「どういたしましてヒムラさん」
『礼儀正しい子は好きさ。だけれどね。そんな優しい君でも心の内は分からない』
「そうかな? 今俺が考えているのは敵を殺して機体を奪うってことだけだよ。とっても分かりやすいと思うけど」
そう返しながら至近距離でナイトビーを重弾で撃ち殺し、そこに襲いかかる別の個体の攻撃を黒牙剣で受けながら立ち位置をズラしてデュアルセイヴァーの散弾の盾にしつつ、自分も散弾を撃って応戦した。
『そうかも知れないし、違うかも知れない。だが僕らの家族はそうじゃないんだ。僕らは分かり合える。心の壁を壊し、誤解なく、疑心なく、信じ合えるのが僕の家族なんだよルッタくん』
「それ、あなたの感想ですよね?」
ヒムラのいう家族の定義は不明だが、仲の良い家族だとしても心のうちに秘めているものは完全には分からない。そうでないと思うのならば、それはそいつの勘違い……とルッタは思う。けれどもヒムラは首を横に振って我が意を得たりと笑みを浮かべた。
『分かりやすい言葉をありがとう旧人類。その認識の差こそが僕たちと君たちの差だ。それだから君たちは僕たちのいる場所には辿り着けない』
「僕たちねえ。そういえばそちらさん、新人類さんだったっけ」
『ネオヒューマー。僕らはそう呼んでいるよ』
その言葉に得心がいったという顔でルッタは「なるほど」と頷いた。
「そうやって自分達と他とを区切ってるから人殺しにも抵抗がないんだね。旧人類ってレッテル貼って対等な人間として見ようとしないから罪悪感もない。殺す覚悟すら放棄してるから楽でいいってわけだ。ねえニッポン人」
煽るように言うルッタに、けれどもヒムラは悪びれもせず「そうだね」と返した。
『僕たちは生物としてひとつ上のステージにいる。そこに上がって来れない旧人類は獣も同然。家族になれない害獣は火種にしかならない。であれば仕方のないことだとは思わないかい?』
「そうやって相手を同じ人間扱いしなくなるから安易にジェノサイドに走り始めるんだよ。それこそ人間の負の部分ってヤツなんじゃないの? 正直、過去からナーンにも学んでないよね」
『はは、ルッタくんは強いし、賢しいな。そんな旧人類でも強者の君を今ここで、その歳で始末できるなんて僕は本当に幸運だったよ』
「答えられないんだ。思想が寄ってる人って都合が悪い話されると途端に耳が遠くなったり、適当なレッテル貼って会話を閉じちゃうんだよ。話通じませんねって言われない?」
『家族になれない君とは通じなくても良いんだよ』
「そっか。じゃあ、もう十分だし良いかな」
ルッタがそう言ってさらに下がって距離をとる。
そこに踏み込もうとしてヒムラが眉をひそめる。
『なん……だ?』
何かがおかしいとヒムラも気付いた。現状押しているのは自分の方のはずなのにどうにも違和感が拭えない。その理由を考えた時、ヒムラの脳裏にとある推測が浮かび上がる。
『この位置は……端に僕を誘導? だが何から? まさか!?』
明らかに心臓室の中央から端の方へと自らが誘導されていることに気づいたヒムラが目を見開いた。
ドゴォォオオオン
直後に心臓室の中心、つまりは天導核とクィーンビーの真上の天井が破壊音と共に崩れた。
『な!?』
驚くヒムラの目には崩れた天井の穴から黄金に輝く機体を先頭に複数の鉄の巨人が入ってくる姿が見えた。それはオリジンダイバーのシトロニエ、フレーヌ、アーマーダイバーのポルックスとニンジャだ。血脈路の崩落によって分断したはずの彼らがいつの間にかここまで辿り着いていたのだ。
『まさか、このために僕を誘導したのかルッタくん!?』
その事実にヒムラが、ついでにイシカワも「え? そうなの?」と驚いているがもう遅い。くだらない問答もこのための布石でしかない。笑みを浮かべたままルッタが叫ぶ。
「やっちゃえリリ姉!」
『うん。分かったよルッタ』
そしてフレーヌが加速して急直下し、光り輝くキャリバーの刃を真下にいるクィーンビーへと振り下ろした。
またしても何も知らないカイゼル・イシカワさん。
そして熱く問答しているようで誘導と時間稼ぎのことしか考えてなかったりするルッタくん。