049 救世機体
「ふーん、アレが天導核だね。前に見たのよりチョイ大きい」
心臓室に入ったルッタがそう呟く。巨大な光る岩が浮かんでいる姿は幻想的ではあるが、ルッタは以前にドラゴンを仕留めた無人島でソレを一度見ている。
「形はリリ姉が壊した無人島のものと同じ。だけど金属のリングが周囲についてるのは違うか。確かアレって制御用の魔導具なんだっけか」
天導核は天然のままでも天空島を利用できるが、意図通りに環境を整えたり、島の拡張をおこなったり、島自体を意図的に移動させたりするのには、特別な制御用魔導具が必要となるのだ。それがルッタの指摘したリング、天意の円環と呼ばれるものであった。
『らしいな。アレも八天領で造れるんだとか。俺が最初にこの世界に飛ばされた時もこういうところだったなぁ』
「転移者は天導核から排出されるんだったっけ?」
『天導核ってのは転移先の出口みたいな役割になってるらしいからな。で、あの天導核にくっ付いてるのが目標のランクA飛獣クィーンビーってわけだ』
「フォートレスビーに近いサイズの蜂型飛獣……確かに育っているね」
視認するだけで生物としての格がランクA飛獣ガルダ・スティングレーを超えているのがルッタには分かった。確実に強敵。であれば心が踊る。思わず笑みを浮かべてしまうのは仕方のないことだろう。
「そうさ。彼女は今まさに成長中。後数日で天導核を取り込み、ランクSの頂きにまで辿り着けるはずだ」
そんな声が響いてきてもルッタとイシカワに動揺はない。この部屋に入ってから彼らにはその存在も視界に捉えていた。クィーンビーの前に浮かんでいる機体と、その機体の肩に座っている小太りの男の姿を。
「ふーん、アンタがヒムラって人? どうしよう。今撃ったら殺れちゃえそう?」
「そう簡単にはやれないと思うけど、僕は確かにヒムラだ。最年少ソロドラゴンスレイヤーのルッタくん。そっちの彼は知らないけど」
『フッ、俺様はカイゼル・イシカワ。いずれ最強のハンターと呼ばれる男だ』
「へぇ、イシカワ……やっぱり同胞か」
『あ、バレた!?』
「イシカワさんさー」
ルッタが呆れた顔をしてイシカワを見る。アルティメット研究会は異邦人をさらっているのだから、なるべく素性は隠しておこうという方針が事前にザイゼンから告げられていたのだが、イシカワは迂闊であった。
『うっせぇ。日本人がワリィことしてんだ。なら同じ日本人がキッチリ止めるのが筋ってもんだろうさ。名乗ったのはなー。つまりはそういうことだ!』
「なるほどね。ま、さっきの天導核のやり取りで転移者であることは察せられてはいたけどね」
『グゥ』
そちらの会話もイシカワから話題を振っているのでギルティである。
「ともあれだ。イシカワさん。あなたの保護は後ほどさせてもらいますよ。生きていればだけど」
『あん?』
眉をひそめるイシカワの反応を無視してヒムラが小太りとは思えぬ俊敏さでササっと機体のコックピットへと乗り込む。
(アレ、別の人間が乗っていたわけじゃない?)
ヒムラの乗っていた機体はヒムラがコックピットで操作せずとも浮かんでいた。だから別の協力者が操作しているのだろうとルッタは予想していたし、またもうひとつ『別の要因』もあって迂闊に仕掛けられずにいたのだ。
けれども答え合わせをする間も無く、その機体は動き出し、同時に心臓室のあちこちに空いている穴からアーマービーに似た人型飛獣が飛び出てくるのが見えた。
「さっきのアーマービーと形が違う? ゴツくなってる?」
『アーマービー? ああ、確かにアーマーダイバーっぽいものね。君たちが先ほどまで戦っていたのはポーンビーって言うんだよ』
「俺はチ◼チ◼ロボが良いと思う」
『ち……ちん? 君はマランビーと名付けた僕の友人と同類のようだねルッタくん』
『どっちもひでえよ』
イシカワの的確な言葉にルッタがムゥと唸る。
「ポーンビーはそちらの基準でランクC相当といったところだが、このナイトビーはランクBに近い実力がある。性能は高出力型アーマーダイバーと同等のものだと思えば大体あってるよ』
『それが三十はいやがるなぁ。面白そうだが面倒だ』
そう口にしながらもイシカワの視線はヒムラが乗っている機体の方に向けられている。それはルッタも同様だ。
フォルムはある種の芸術性もある形状のオリジンダイバーとは違い、アーマーダイバーと同様の工業製品に近い体をしている。それも量産機というよりもゴテゴテとした造形は高出力型に近い。けれどもルッタは眉間に皺を寄せながら、首を傾げた。
「見た限りはアーマーダイバー……の高出力型に近いけど、でもこの反応は『あり得ない』ね」
ルッタがそう断言する。
バイザーにはその機体からふたつの機導核の反応があったのだ。
近いものであればルッタは少し前にも目にしている。それは機導核と船導核を持つザイゼンの機体ニンジャだ。もっともニンジャは状況に応じて核をスイッチするだけで同時起動はできないし、機導核を二基同時に使えるならルッタだって量産機の出力から卒業も可能だろうが、それはできないというのがアーマーダイバーという存在の常識であるはずだった。
しかし不可能を可能にした機体がルッタの目の前で飛んでいる。
『ふふ、驚いたかいルッタくん。よく見ておくと良いよ。これがオリジンダイバーに匹敵する我々の人型兵器』
そしてヒムラが自らの機体をこう呼んだ。
「『デュアルセイヴァー』だ」
ダイバーとセイヴァー。潜水士と救世主。
呼び方は所属組織の機体に対する思想の違いによるもので双方の技術体系は同一である。
対してオリジンダイバーはアーマーダイバーの起源と考えられるために起源=オリジンと名付けられているが実際の因果関係は不明であり、古い文献においてはマキーニ、或いはマキニスなどとも呼ばれていた。
もっとも、アーマーダイバーも同様にマキーニの呼称が使われている記述も一部の文献には存在している。
さらに言えば、アーマン大陸から離れているイシュタリア大陸で今なお現存している人型兵器やフィロン大陸の一部の遺跡で稼働している自律兵器の呼称もマキーニで、それらはアーマーダイバーともオリジンダイバーとも形状、性能共に異なっていることから、マキーニとはそもそも古代イシュタリア文明においては人型ロボット全般を指す総称なのではないかという説が現在では定説となっている。