047 好感度マイナスの男
一発の銃弾。それが撃つ直前のアーマービーの頭部へ直撃し、放たれたニードルバレットはあらぬ方へと飛んでいった。そして砕けた頭から体液を撒き散らしながら落ちていくアーマービーの姿を確認しながらラインは安堵の笑みを浮かべる。
「た、助かった。リリさん、生きていたのか?」
ラインの目にはこちらに近づいてくる機体の姿が見えていた。
それは白銀の機体。シトロニエと同じオリジンダイバーのフレーヌだ。そしてフレーヌの射撃武器は魔導長銃。ロングレンジを得意としている兵装であり、さらに二射目が放たれて別の個体も一撃で仕留めた。
『フォローするね。大破機体には近づけさせないから早く終わらせよう』
「ははは、了解だ」
そうラインが答えるとカイン、ザイゼンと共に残りのアーマービーを仕留めていく。形勢はこの時点で逆転した。アベル機を狙おうと動く個体もいたが、それは寧ろ隙を見せる形で狙撃の的となっていった。そうして程なくして戦闘はアーマービーの全滅という形で終了したのである。
「助かったよリリさん。しかし驚いたね。あの崩落の中心にいて無事だったとは」
『少し焦ったけど……まあ、岩なら斬れば良いし』
「はははは。さ、さすがというべきか」
そのリリの返しにはラインも乾いた笑いしか出ない。どうやらリリは落下してくる岩をキャリバーで斬って捨てて崩落を凌いだようである。
同じオリジンダイバーであるフレーヌとシトロニエは機体性能に大きな差はない。むしろブーステッドを使えなかった頃であれば総合性能ではシトロニエの方が上だと判断されたことだろう。
けれどもラインには自分がリリと同じことができるとは到底思えなかった。ブーステッドでの一閃といい、乗り手の技量の差というものをラインは痛感せざるを得なかった。
『ルッタたちに追いつきたかったのだけれど、道が塞がれてるの。だから迂回してきた』
『その道中でこちらと合流したということか。私たちは運に助けられたな』
ザイゼンが肩をすくめて、そう口にする。
『こうなるとルッタ少年とイシカワの安否が気にかかるが』
『ルッタなら大丈夫。イシカワと先に行ってる……から』
対してリリは不機嫌そうにそう返した。
その言葉は希望的観測というよりは確信を持っているという風であった。
「大丈夫というのは、もしかしてルッタくんと連絡が取れたのかい?」
『うん。直接話せたわけじゃないけどルッタはアンと一緒にいる。だから状況の報告だけはアンから届いた』
「アン?」
首を傾げるラインにザイゼンが『彼女のタレットドローンの一機だ』と説明をする。
『確かブルーバレットのガトリングガンをパージした際に運ばせる予定だとタイフーン号にいる時に聞いていた』
『うん。それでルッタはイシカワと一緒……ムカつくけど(ボソリ)』
ラインたちには聞こえないほど小さな、だが重い感情の込められた呟きがリリの口から漏れた。
それはリリの中でゼロだったイシカワへの好感度が理不尽にマイナスへと傾いた瞬間であった。
普段他人に興味が薄いリリがそうした感情を向けるのは珍しく、それはそれでイシカワが無視できない人物である証左であるとも言えた。だが当人にとってはただのとばっちりでマイナスでしかない話である。悲しい。ドンマイ。
『ともかくリリはルッタたちと合流したいの。あなたたちが退くのならそれでも良いけど、他のルートがあるなら教えて欲しいのだけれども?』
その言葉にラインは考え込みながらアベル機に視線を移した。
ここから迂回して心臓室に向かえるルートが存在していることをラインは知っているし、案内をすることは可能だ。問題はアベルをどうするか。機体は大破し、当人も重傷だ。誰かの機体に回収させたとしてもこの先の戦闘に耐えられるとは思えない。
(とはいえ、まだ崩落が続く可能性のあるここに残しても置けないし、生き残りのアーマービーが瓦礫の中から出てくる危険もある。しかし、ただでさえ戦力低下している現状で一緒に下がらせられる機体なんて)
そんなことをラインが思案していると、ザイゼンから通信が入った。
『ライン団長。私のバックパックウェポンは分離すれば小型雲海船のフライヤーに変わる。まだ意識があって操作できるのならこれで戻ることも可能なはずだ』
「しかし、それを外してはあなたの機体の性能を落とすことになるんじゃないのか?」
その言葉にザイゼンは首を横に振った。
『大丈夫だ。精々がステルス機能と捕縛機能だけの、どちらかといえば居住用のために増設したものだ。最高速は落ちるが、重しをとって機動性は増すから総合的な差はそれほどない』
バックパックウェポン『フライヤー』。
アーマーダイバーでも長距離移動が可能なように設計された補助ユニットで、ザイゼンの機体ニンジャはこれを可変させることでアーマーダイバー形態とフライヤー形態に切り替えることが可能となっていた。ザイゼンの言う通りに小型船導核も搭載されているため、機体と分離させれば単独での飛行も可能だ。
またアーマーダイバー形態ではステルスフィールドを発生させることで機体全体を隠す機能があり、船導核が動いていなくとも機導核経由でスラスターを噴かしてウェイト分以上の推力も出せるが分離した方が重量と機体バランスの問題から機動力が高くなるのも確かである。正面から戦っている現状では、ステルス機能もそれほど必要とはしていない。
ちなみにニンジャのメイン兵装は高出力型である特性を生かした魔導銃二式の二丁持ちであった。
(ここまでは敵を一掃してあるし、地上が無事ならばアベルの収容も可能だろうが……)
「アベル、動けるか?」
『はい……まだ体は無事……ですんで』
どう考えても無事には思えぬ声を聞き、ラインが目を瞑り、それから「分かった」と頷いた。
「ならば、すぐに動こう。天領の内部構造はあのヒムラよりも貴族である私の方が詳しいし、上手くいけばヒムラが把握していない迂回ルートからの奇襲も可能なはずだ」
こうしてラインたち突入部隊は再び心臓室に向かって動き始める。そして彼らよりも先を行くルッタとイシカワの状況は……