019 風の機師団へようこそ
「リリさ……いや、リリ姉。そっちは無事だったみたいだね」
お姉ちゃんと口にするのが気恥ずかしかったルッタが年上の親戚に言うかのようにそう口にすると、リリが無表情のままブイサインを返す。リリ的にはありのようだった。
「ルッタが敵を追い払ってくれたおかげ。私もタイフーン号まで辿り着けてフレーヌに乗れたし、ゴーラのオリジンダイバーも追い払えた。それでヴァーミア天領からも無事脱出できたの。全部全部ルッタのお陰だよ」
迷いなく賞賛してくるリリにルッタが頭をかきながら照れた顔をするが、その笑みはすぐに苦笑に変わって肩を落とした。
「けどノワイエは倒し切れなかったからなぁ」
ルッタは自分が気を失う前のことを覚えている。オリジンダイバーのノワイエを退かせることはできたが、結局倒し切ることはできなかった。リリのフレーヌが出ていなければ、勝敗がどうなっていたかは分からず、それはルッタにとって屈辱的なことだった。
「なぁに馬鹿なこと言ってるんだい、この子は」
「ぐふっ」
俯いたルッタの背中をマーヤがバンと叩いた。痛みが電撃のように全身を走り、ルッタが涙目でマーヤを見る。
「な、何すんですかマーヤさん!?」
「あんたがあんまり馬鹿なことを言うからさ。戦場でオリジンダイバーに出会ったらまず逃げろってのが常識だ。戦うにしても量産機で一対一なんて自殺行為もいいところ。それをあんたはたったひとりで退かせたんだ。アーマーダイバー乗りとしちゃ誇りこそすれ、悔しがるってのはどうなのさ?」
その言葉にルッタはムゥという顔をした後、口をすぼめた。
「そんなこと言っても勝ちたかったんですよ。もうちょっとだったのに……ああ、思い出したらムカついてきた」
「なんて子だい」
「うんうん、それがルッタなんだね」
「ねえ、ルッタが目を覚ましたって」
そのやり取りにマーヤが肩をすくめると、部屋の入り口から今度はシーリスが飛び込んで来た。また入り口の先の通路から複数の人間が部屋の中を覗いている。
「シーリスさん! それに、ええと」
「こんなガキがまじにオリジンダイバーを追い払ったってのか?」
「おい押すな。シーリスの姐さんにぶつかる」
「ウッソォ。まだ十歳ぐらいじゃない」
「あれがあいつらの息子か。カレン似だな」
「ええええええい。うっさい。あたしが話してんだから散れ」
シーリスの怒鳴り声に外にいた面々が一斉に散る。
「まったく。騒がしくして悪いねルッタ」
「いえ。今のみなさん、タイフーン号のクルーの人たちですよね?」
「ああ、そうだよ。そんでハンタークラン『風の機師団』のメンバーだ。あんたがあれだけの大立ち回りをしたからね。みんな、ルッタの事を知りたくてしょーがないんだよ」
「あはは、それはどうも」
「うん? 嬉しくなさそうだね。アレだけ暴れたってのに」
「その小僧はオリジンダイバーを仕留め切れなくてイジけてるのさ。全くイカれたガキだよ」
マーヤの言葉にアハハとルッタが乾いた笑いを見せる。
「そいつは……まあ、そういう気概はアーマーダイバー乗りには必要なことだけどさ。けど、ルッタ。あんたはこの船を救ったんだ。だからそんな辛気臭い顔してるんじゃないよ」
シーリスの言葉にリリが、マーヤが、再び入り口から顔を出してきたクルーたちが頷く。
「ま、そういうことさね。あんたが来る前のタイフーン号は完全に詰んでた。オリジンダイバーに九機のアーマーダイバー、サングリエ艦級が二隻。対してこっちが動かせるアーマーダイバーは二機だ」
「あたしとリリがいなかったから船に残ってるメインのパイロットはジェットひとりだけだった。あたしのレッドアラームは残ってたが、乗れるだけのヤツがあの中に飛び出してもすぐ落とされちまう。そんな状況に風穴を空けるどころか、あんたは壁そのものを打ち崩したんだ。ルッタ、あんたにこの船の人間全員が助けられた。借りができたんだよ」
そう言ってシーリスがルッタの手を握りしめる。
「あんがとねルッタ。あんたはあたしの家族を、居場所を守ってくれた。どれだけ感謝してもし足りないよ」
「いや、役に立てたんなら何より……かな。うん、そうだね。良かった」
そう返したルッタの顔に、先ほどまでの悔しそうな表情はない。言葉にされることで自分の成したことを実感したルッタは先の戦いに対しての想いを自分の中でひとまずは消化できたようだった。その様子にシーリスが「そうかい」と頷きながら、ルッタの頭をもしゃもしゃと撫でた。
「ま、ともあれだ。細かい話は後にしてさ。まずは言わせてよ」
そしてシーリスが笑いながら、こう口にした。
「風の機師団へようこそ。歓迎するよルッタ・レゾン!」