042 凶獣の咆哮
『防衛部隊の指揮はギア団長に預け、突入部隊はこれより血脈路に潜入する』
『あい、任された。ここより先の指揮は風の機師団団長ギア・エントランが預かった。各クランは当初の予定通りに矢尻の陣形から太陽の陣形に配置を変更。迫る飛獣に備えろ!』
リリの一撃はあまりにも的確で、腹の中にいたキリングビーごとフォートレスビーは葬られ、ヒムラが仕掛けた飛獣の包囲網は一瞬で崩壊した。
そしていち早く状況を把握したラインが入り口の防衛をギアたちに任せると、自身は突入部隊を編成して血脈路へと突入していく。
なお突入部隊のメンバーは黄金の夜明けの団長ラインと従者であるアベルとカイン、それに風の機師団のリリとルッタ、その他にイシカワとザイゼンが続いていた。
「ふぅ。ようやく動けるようになった」
ブルーバレットはこのメンバーで唯一の量産機で速力に落ちている。そのため、突入後にフレーヌの後ろに機体を付けてスリップストリームに入りながらルッタがそう口にした。
『私はスッキリ』
「そりゃあリリ姉はね」
対してリリは満足げだ。
ここに至るまでタイフーン号に閉じ込められていたためにリリも相応にフラストレーションが溜まっていたようだが、初っ端から最大の戦果を上げるに至り、ご満悦のようであった。
「しっかし、さっきのは凄かったねリリ姉。カマすつもりなのは分かってたけど、まさか全滅させられるとは思わなかったよ」
ルッタの言葉にうんうんと頷くリリ。
ノートリア遺跡で解放された、リミットを外して機体性能を引き上げるオリジンダイバーの機能『ブーステッド』。リリはソレを発動させただけではなく、一瞬で消耗し尽くして高密度かつ長大な魔力刃を生み出し、その刃を維持できる刹那の時間内でフォートレスビーの群れを葬ったのだ。
リリはラインとヒムラの話など一切聞いておらず、ただ最大の効果を発揮できるタイミングを狙い、そして成したのだった。もっともそこには代償も存在した。それは……
『リリさん。機体の状態はどうだ?』
『問題ない』
『いや、そうは言ってもさ。煙噴いてねぇ?』
ラインとイシカワの指摘の通り、リリの乗るフレーヌからは銀色の煙が立ち昇っていた。それは明らかに異常な状態だ。
『オリジンダイバーの有するブーステッドは一時的にリミッターを切って性能を引き上げるものだけど、機体の負荷も当然大きい。ましてや先ほどの魔力刃の出力は明らかに異常だった』
「そうなのリリ姉?」
『ちょっと無理をしたのは事実。ブーステッドは発動時に一気に出力を上昇させてから高出力を維持する形で安定させるんだけど、私は安定させずに引き上げた魔力をすべてキャリバーに注ぎ込んで魔力刃を出した。うん。良い感じで伸びた』
ムフゥとリリが満足げに笑う。けれども、同じようにブーステッドを使う機体に乗っているラインからすればリリの行為は無謀どころか自殺にも近しい行為だ。
『あの時は最適解ではあったけど無茶をするね。最悪……というより普通は機体が自壊していたよ。少なくとも僕には絶対に無理だ』
その言葉にイシカワやアベルたちがウワァという顔をするが、リリは涼しい顔で『ちゃんと調整した』と返す。
実際リリはギリギリのところを見極めて、あのような行動に出ている。本来であれば出力調整すれば一分は活動可能なブーステッドを一瞬で使い切るほどの出力を、狙って一撃に転化することに成功させているのだ。実際にできている以上は、リリの言葉は正しいと考えるしかない。
『けど、機体の負荷は大きかったはずだ。この戦いの間はその性能も大きく下がるんじゃないのかい?』
「ねえリリ姉。性能どれくらい落ちるわけ?」
『うーん。多分四割近くは下がってる?』
『それは大きいね』
ラインが深刻な顔でそう言い、他のメンバーの空気も重くなる。当然ルッタも……
(そいつは……ん? それでもブルーバレットよりも随分と多くない?)
デバフありきでなお自分の機体より高出力なことに気付いて微妙にテンションが落ちていた。
ちなみに量産機の出力を1とした場合、高出力型は1.5倍、オリジンダイバーは2倍の出力があるとされているが、量産機と高出力型の比率は正しいものの、オリジンダイバーの出力に関してはその認識は最低ラインといったところで、今のフレーヌの出力は高出力型より若干落ちる程度であった。
(まあ、リリ姉の怖いところは機体性能じゃないからなぁ。乗れるのがオリジンダイバーしかないから勘違いされがちだけど)
少なくとも技量に関しても自分と同等かそれ以上のものがあるとルッタは認識している。オリジンダイバー乗りと言うだけで強者と認識されるから分かりづらいが、同じオリジンダイバー乗りのライン・ドライデンやかつて戦ったゴーラ武天領軍のラガス・ヴェルーマンよりも遥か高みにいるだろうと。
ともあれ、先ほどのリリの活躍がなければ突入部隊もあの場でフォートレスビー掃討に時間を掛かけていただろうし、そうなると更なる増援への対処も始まり、ズルズルと泥試合になっていた可能性もあった。それ故にフレーヌの弱体化は必要経費と割り切るしかない。
『話の途中で悪いが良いかな?』
『問題ないよザイゼン殿』
またさらに誰かが何かを言う前にザイゼンが口を挟んできた。
『私の目的は先ほどの男ヒムラ・キョウスケの確保だ。君たちとは請け負っている任務が違う……というのは事前に伝えた通りだ』
ザイゼンは模擬試合で決めた突入メンバーではなく、ハンターギルドからねじ込まれて突撃部隊に参加している。それなりの技量はあるが、このメンバーの中で実力は一番劣っている。そのため、アルティメット研究会の関与の可能性と蟲使いヒムラの情報と共に、同組織の人間を確保のための参加であることを今回の参加メンバー全員には事前に説明していた。
『だから改めて言っておく。そちらに協力の強要はしないが、そちらも私はいないものとして扱ってもらえると助かる』
『ああ。とはいえ、すべては生き残ってこそだ。状況判断だけは誤ってくれるなよザイゼン殿』
『分かっているさ。肝に銘じよう』
「まあ、ケースバイケースってことで。余裕があったら俺らも確保は手伝うけどさ。ただ……」
ルッタの視線が通路の先へと向けられる。暗闇の奥から無数の赤い光が徐々に増えていくのが見えていた。
「こっから先は協力が必要だと思うけどね」
『ライン様。キリングビーの群れです』
『これは……まるで壁のようだ』
アベルとカインが驚愕する。血脈路の真正面から三桁に及ぶであろう数のキリングビーが一斉に近づいてきている。
『ありゃヤバイだろ。流石に俺のパイルでも仕留めきれねえぞ』
「問題ない。そのためのコイツだよ」
ルッタがフットペダルを踏んで自分の機体を部隊の先頭にまで進めると、それからバックパックウェポンのタクティカルアームが動いて、ガトリングガンの銃口が正面に向けられた。
「こちとら、ここに来るまでに随分と待たされたんだ。ここいらで盛大に狩らせてもらうよ!」
そう口にした直後、凶獣の咆哮の如き凄まじい轟音と共に、横殴りの雨のような無数の魔鋼弾がブルーバレットの持つガトリングガンから撃ち出されてキリングビーの群れに襲いかかったのであった。