037 スタートライン
『来たぞ。ドレイクフライ十体』
『そいつはナッツバスターが請け負う。一気に落とすよ』
『永久戦士団は護り優先だ。こぼれたら対処する』
銃声と飛獣の咆哮が木霊し、それは雲海船の中にまで響き渡る。アーマーダイバーの水晶眼を雲海船の監視カメラと接続しながら観戦しているルッタは「これで十二戦目かぁ」と呟いた。
「結構な数仕留めても素材をロクに持ち帰れないのは辛いねえ」
『しょうがないさ。こちとら強行軍、対処するたびに足は止められないってね』
『それにしても多いわ。数も頻度も』
ルッタの呟きにシーリスとリリがそう答える。ジナン大天領を出て五日。ルッタの言葉の通り、このハンター軍団の船団はここまでに大規模な群れでは十二戦、小規模な群れとならさらに多くの飛獣とやり合っていた。そして倒した飛獣のほとんどに手を付けず、そのまま放置して進み続けていた。
計算上では時間的な猶予があるとはいえ、ランクA飛獣がいつランクSに変わるかなど、実際のところは誰にも分からない。故に彼らは最速での移動を求められていたのである。
『ここらも荒れてるってことだろうね。何せランクAの群れがこの先で暴れ回ってんだ。他の飛獣たちも活性化してるんだろうさ』
「だねぇ」
経験上からも知識からもシーリスの予想は正しいのだろうとルッタも頷く。
(武器が召喚弾だからもってるけど、弾薬なんかも有限だったら大変だったろうな)
機体そのものの損耗はあるものの、エネルギーも弾薬(の元となるもの)も竜雲海という巨大な魔力の海が賄ってくれるのだから、アーマーダイバーというのは非常に使い勝手の良い兵器であった。
『でも退屈』
『我慢しなよリリ。突入部隊が突入する前に損傷しないようにって名目もあるが、即席チームの連携訓練って意味合いの方が大きいんだ』
シーリスの指摘する通り、ここまでの戦闘の多くはランクCとランクDクランの混成で対処している。突入部隊ではないシーリスも戦闘に参加したのは二度だけだ。
「リリ姉が無双してたら台無しだし」
『ぶー。ルッタだって暇でしょー?』
たらこ口で抗議するリリにルッタは「そうでもないよ」と返す。
「さすがにランクCクランまで揃い踏みだと見たこともないアーマーダイバーもいるし、戦い方なんかも参考になることも多いよ」
『確かになー。見てるだけでもワクワクすっぜ』
『チッ』
『え? 俺、今舌打ちされた?』
やはりシーリスに嫌われているイシカワであった。最近ルッタを取られ気味でシーリスは大変おかんむりなのである。
ともあれ黄金の夜明け率いるハンター軍団は突き進んでいく。さらに一日が過ぎ、二度の飛獣の大群との戦闘を終え、ついに……
『アンカース天領が見えたぞー』
目的地が彼らの前に現れた。
「影しか見えないのは……遠いというか、沈んでいるから中央のソメイロ山しか見えてないからか」
現在アンカース天領は魔力不足か、そのように細工されたためか、竜雲海内に軽く沈んでいる状態であり、現在竜雲海から出ている部分は島の中央に存在しているソメイロ山のみであった。
『いよいよ島に到着だ。全員気を抜くなよ。わずかな変化も見逃すな』
タイフーン号内に響くギアの指示に、ルッタたちも勢いよく「「「「了解」」」」と声を返す。
(さあて、ようやくスタート地点だね)
ルッタもアームグリップを強く握りしめて来たる戦闘に備えて闘志を燃やす。そして他のハンターたちも同様に闘争本能に火が点き始めた一方で、彼らの目的地であるアンカース天領の中心でもまた変化が起きていた。
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「ふーん。来ちゃったんだ。あと数日で完成ってところだったんだけどなぁ」
そこは天導核がある島の中心、心臓室と呼ばれているエリアだ。そこに用意された天導核の制御室の上では小太りの男が頭をかきながらやれやれという顔をしている。
頭部に白いミトラのようなものを被ったその男は、偵察用の飛獣の目を通した映像をその場に映し出して近づく船団の様子を眺めていたのである。
「ま、だからこそ止めにきたんだろうけど。なるほどねえ」
複数の雲海船と、その周囲を飛び交う無数のアーマーダイバー。船体や機体、装備に統一性がないことから天領軍でないことは分かるが、動きの機敏さから有象無象であるとも考え辛い。また並ぶ雲海船の中にはいくつかの大きな反応があることも男は気付いていた。
「ジナン大天領軍でないのは若干拍子抜けだけど、高ランクのハンタークランを集めた部隊ってところかな。それに……この反応は高出力型に……へぇ、オリジンダイバーか。しかも二機。これはなかなか厄介だね」
男はそう口にするものの、その顔に焦りは浮かんでいない。
ここまで男がやってきたことを考えればこうなることは想定できていた。オリジンダイバー二機は予想外だが、男の側の戦力を考えれば、それでもいささか戦力不足だろうとも。
「もっと大勢で来ていたらこちらも早期に捕捉できていたし、防衛線も築けていただろうし。まあ、これは少数精鋭で一気にここまで攻めてくるっていうつもりかな。となると……うーん。迷うね」
男が笑う。対処の選択肢はいくつもあるが、重要なのはただ倒すのではなく、この状況で自分たちにとっての最大利益をどう上げるのかだと男は考える。
「まあ、いいか。アンカース天領軍は数の上での性能テストとしてはともかく、質という意味ではいささか物足りなかったし」
そして男が手を挙げるとブブブブブブブ……と無数の羽音が響き渡り、彼の周囲に巨大な蜂の群れが集まっていく。ソレらの複眼が魔力が漏れて赤く変色していくのを見ながら男が頷く。
「うん。彼らは所詮『旧人類』、僕らネオヒューマーの礎となるべき存在だ。こちらの良い実験体になってもらおう」
そう言って男が挙げた手を振り降ろすと、虫たちが一斉に動き出した。それはまるで洪水のように出口に向かって殺到し、羽音によって他の音が聞こえぬほどであった。
だから何者もその後に男が「あ」と声をあげたことには気がつかない。もっともこの場に言葉の通じる存在など男以外にはいないのだが。
「あの中に異世界転移者がいたらどーしよーかな。まあ運良く見つけられたら回収でいいか。ねえクィーン」
そう言って男が見上げた先にいるのは天空島の中心である天導核、そこにしがみつくように止まっている巨大な赤い蜂だ。そしてその巨大蜂こそがクィーンビーと呼ばれるランクA飛獣であった。