018 勝者
「うぐぐぐッ」
ゼロ距離からのロケットランチャーの砲撃。その余波はルッタの予想を大きく超えており、吹き飛ばされたブルーバレットは岩山に落下していた。
「はぁー、キッツいなぁ」
そして当然のことながらブルーバレットの中にいるルッタも相応のダメージを受けている。爆発の衝撃だけではなく、ここまでの無理がたたって全身が青痣だらけで皮も裂けて全身が血まみれ。節々が痛み、筋繊維や骨にも損傷があるかもしれない。けれどもまだルッタの目は死んでいない。その瞳に闘志を燃やし、震える手でアームグリップを握りながら周囲を見渡す。
「たく、修理してる途中の機体だってのに。けど、ダメージは許容範囲内。損傷はガードした左腕が一番大きいが……魔導剣はともかく、魔導銃ならいけるはず」
感応石を通じてのマシンフィードバックによる機体の負荷箇所をルッタが感じた限りではダメージを受けた両腕も正面に出した左腕が小破といったところ。右腕はまだ動かすことができる。問題は相手のダメージだが……
『ルッタ、よくやったね』
動き出そうとするルッタの耳に入ってきたのはリリの声だった。
それからルッタがブルーバレットの頭部を動かし水晶眼を上空に向けると、そこには光の翼を脚部から生やした白い流線形の機体が浮いていた。そのフォルムはイロンデルタイプに近く、またラガスの乗っていたノワイエを鋭くしたような印象だった。
『オリジンダイバー『フレーヌ』か。それも我がゴーラ武天領が所持する機体だ』
そしてブルーバレットから離れた場所にいるのはラガスの乗るノワイエだ。どうやら魔導砲弾の直撃でも大破には至らなかったようだが、胸部装甲はボロボロで、機体の動きも鈍い。肩部に戻っているシールドドローンのフライフェザーが起動することでどうにか動けているという有り様で、すでに戦闘が困難な状態なのは明らかであった。
『フレーヌはリリのものだよ。そしてリリもリリのもの。あなたたちのものじゃない』
そこまで口にしてからリリはフレーヌを操作して腰の剣を抜く。剣の名はキャリバー。ルッタは知らぬがフレーヌの固有兵装のひとつであり、最大出力であればシールドドローンのゲンブの装甲をも斬り裂くことが可能な兵器だ。
『力づくで奪おうとするなら容赦はしない』
リリの言葉にラガスが気圧されて苦い顔をする。
『クッ、ここは退く。しかし俺様が負けたのは貴様にではない。その小僧、今ルッタと言ったな。そうルッタにだ』
『ん、分かっている』
リリの返答にラガスが舌打ちすると機体を翻し、距離を取っていたゴーラ武天領軍の軍艦へと戻っていった。
『借りは返す。絶対にな』
最後にラガスはそんな言葉を吐きながら退却し、そしてその様子を眺めながらルッタの意識は徐々に薄れていった。
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「あ……れ? ここ……は?」
「ああ、そうだね。おや、目が覚めたみたいだよ」
徐々に開くルッタの瞳に見知らぬ天井が映った。
「そうだね。分かってる。これから患者と話すから、詳しいことはまた」
そして横から声が聞こえてきた。女性。年はそれなりにいっていそうだなとルッタが考えていると、カチャンと何かが置かれた音がした。
「意識がしっかりしてきたようだ。どうだい、目は覚めたかい?」
「えっと、あの……」
ルッタが声の方へと顔を向けるとそこには白衣を着た老婆がいた。
「はい。目は覚めたと思います。その、ここは?」
「タイフーン号の医務室さ。アンタは疲労と全身の打撲で二日寝てたんだよ」
「……二日」
予想以上に眠っていたことを知って愕然とするルッタに老婆が笑う。
「ふふ、そんな顔するんじゃないよ。まったくカレンとザッカの子供がこんな風にうちに乗り込んでくるなんてね。想像もしてなかったよ」
「父さんと母さんを知ってるんですか?」
ルッタの両親は四年前に亡くなっている。
飛獣のスタンピードに巻き込まれて死に、一緒にいたルッタは追い詰められた末に前世の記憶が目覚めて、壊れたアーマーダイバーで脱出していた。
もっともそこでルッタという少年の記憶が塗り潰されたというわけではない。両親と過ごした記憶は残っていて、愛情もあるし、両親を殺した飛獣に対する憎しみも残っている。ルッタはルッタであり、前世の記憶は本能が必要に駆られて目覚めさせたものであるとルッタは理解していた。
「そうだよルッタ・レゾン。あたしの名前はマーヤ・ドゥドゥさ。このタイフーン号の船医で、カレンの腹の中にいたアンタを取り上げたのもあたしさ」
「それはつまりテオ爺だけじゃなく、ウチの両親もこのクランにいたってことですよね?」
「うん? 聞いてなかったのかい。まあ、そういうことさね。だから年寄り連中はみんな、あんたの両親のことは知ってるし、ここで生まれたアンタのことも覚えているよ」
テオが風の機師団の元メンバーで、両親がテオと知己であったことを考えればなるほどと頷ける事実であった。
とはいえ、両親のことや自分が生まれたときのことよりも気になることが今はある。
「あの……二日寝てたということはゴーラとの戦いはどうなったんでしょうか?」
意識を失う前の記憶ではゴーラ武天領軍は退いていた。また目の前のマーヤの落ち着いた様子からすれば想像もつくが、けれども正確な状況を聞いておきたかった。そしてマーヤが口を開こうとしたそのとき、
「あ、ルッタ起きてる」
入り口から聞いたことのある少女の声が響いてきた。
「おやリリかい。目覚めた話を聞いてってわけでもなさそうだね」
「私はお姉ちゃんだからね。ルッタが起きたのはすぐに分かったんだよ」
「よく分からないけど、相変わらず勘の良い子だね」
そして、やれやれという顔をするマーヤの視線の先には、笑みを浮かべて部屋に入ってきたリリの姿があった。