030 恐るべきジャッキー流剣術
竜狩り。
それはルッタが対竜用にと用意したジャッキー流剣術のひとつであった。
速度の上回る相手の突進を瞬時に躱しながら、カウンターで斬り裂く……という一連の動作をオートマチックに、かつ神業の如き速度で行う技であり、これはオリジンダイバーに匹敵する速度で高速飛行を行い、ヒットアンドアウェイ戦術を行うドラゴンとの空中戦闘を想定して作り上げられたものだった。
瞬間的な減速と加速。人間の反射速度を超えた速度の回避と同時に行う斬撃。ここに来るまでにシミュレーションをし尽くして、試行錯誤を無数に繰り返して、その中で出せた最高の返しを一連のアクションとして登録したルッタの会心の技である。また、これは高速で突撃してくる相手ならばドラゴン相手でなくとも応用可能なのは見ての通りだ。実際にオリジンダイバー相手でも十分に効果を発揮できるだろうとはリリも太鼓判を押していた。
(ジャッキー流剣術。話には聞いていたが恐るべきだな。けれども)
「攻撃直後の今なら……うおッ」
カインの乗っていたポルックスを斬り裂いた直後、背を向けた無防備な状態であれば反撃はできない……と考えて銃口を向けたアベルの意図は、カウンターで放たれた散弾によって阻まれた。
「チッ、銃が!?」
散弾の一部が当たって魔導銃が弾き飛ばされたアベルは、その散弾が背を向けたブルーバレットのバックパックのタクティカルアームが持っていた魔導散弾銃から放たれたものだと気付いた。
「これは……あらかじめ、想定したということか」
アベルが眉間に皺を寄せて、そう口にする。
『あーあ、槍だったら終わってたのになぁ』
対してルッタはそうぼやいた。その言葉の通り、カストルが槍で貫こうと接近していれば散弾を全身に浴びて終わっていただろうことはアベルにも理解できた。
(竜狩りを発動させた後、俺に無防備な背中を見せてしまうことを想定し、むしろその状況を囮に罠を仕掛けていたというのか。何というヤツだ)
ルッタはあらかじめタクティカルアームを操作して、後方へと銃口を向けられるように魔導散弾銃の向きを調整し、アベルの動くタイミングを狙って撃ったのだ。それらすべてがあの小さな少年の頭の中で組み立てられて、こうして自分を追い詰めているという事実にアベルが戦慄する。そして……
『まあ、一手増えただけか』
仕留めきれなかったことを理解したルッタは即座に機体の向きをターンさせてアベル機へと向かっていく。
「舐めるなよ。量産機が高出力型と正面からやり合おうなどと」
『そいつはどうかなぁ?』
「独楽斬り?」
「あ、アベルの機体が減速した!?」
観戦していたリリが眉をひそめ、シーリスが驚きの声を上げる。
ジャッキー流剣術独楽斬りはルッタが多用する技のひとつで、機体を高速回転させながら二本の魔導剣を使って連続で斬り裂くものなのだが、その発動するタイミングとしては明らかにアベル機との距離は遠かった。
「そいつは知っている! 詰めを見誤ったなルッタ・レゾン」
攻撃を察知し、僅かに減速して距離を取ったアベルがほくそ笑む。驚異の連続切りも当たらぬ距離ではただの的だ。このまま回転速度が落ちたのに合わせて魔導光槍で突けば己の勝ちだと考えたアベルだが、その認識はやはり甘かった。
『ジャッキー流剣術『車輪釣り』』
ルッタが仕掛けたのは独楽斬りではなかったのだ。
一連の動作こそは独楽斬りと同じだが、実は同時にワイヤーアンカーも射出されていたのである。さらに伸びたワイヤーアンカーは機体の回転とともに加速し、それは距離を取ったはずのアベルの機体カストルに引っ掛けられた。
「なッ」
結果として回転に合わせてカストルがあらぬ方へと引っ張られ、唐突におかしな動きをする愛機にアベルは目を丸くする。
「なんだぁ!?」
アベルがフットペダルを踏み込んで持ち堪えようとするが、例え量産機相応の力だとしても予期せぬ方へと引っ張られては高出力型でも踏ん張りきれるものではない。そして足掻くアベル機の動きが鈍くならないわけがなく……
『はい、終わりだよ』
「これがジャッキー流剣じゅ、グアッ」
ワイヤーアンカーを切り離して自由になったブルーバレットから放たれた魔導散弾銃の出力を落とした重弾がアベル機に直撃したことでこの模擬戦はルッタの完全勝利という形で決着がついたのであった。
これが……ジャッキー流剣術!?(戦慄)