017 レンジゼロ
『効かぬ。効かぬよ小僧。そんな攻撃をいつまで繰り返すつもりだ?』
「で、そう言いながら亀のように丸まってるだけですかい、選ばれし者さん?」
ブルーバレットとノワイエの戦いは膠着状態に入っていた。
魔導戦斧を落としたノワイエは体当たりでしか近接で攻撃する手段がなく、当然のようにそれはブルーバレットには当たらない。対してブルーバレットの方は魔導剣を振るって斬り続けているがシールドドローンの装甲は厚く、ノワイエにダメージが入っていない。魔導銃の攻撃も全てシールドドローンに阻まれている。
ブルーバレット攻勢に見えるが、事実はどちらも有効手段のない状況が続く泥試合。しかしルッタの肉体のタイムリミットは確実に迫っている。両腕の痺れを感じながらルッタは「それにだ」と口を開いた。
「あんた、気付いているのか?」
『何をだ?』
「もうリリさんは『タイフーン号に到着してる』ぜ?」
その言葉にラガスの目が見開かれる。それから周囲を見渡すと、気が付けば仲間の機体はその場を離れ、タイフーン号を取り囲む包囲網は崩れていた。ここまで戦いに集中していたためにラガスも確認したわけではないが、ルッタの言う通りに『目標のリリが竜雲海内に紛れてタイフーン号に入っていた』としてもおかしくはない状況だった。
「となるとさ。こっちのオリジンダイバーは後どれくらいで出撃してくると思う? この状態でさらにオリジンダイバーが一機追加になるわけだが、あんたにどうにかできる算段があるのか?」
『クッ、謀ったな貴様。ゲンブ、そいつを潰せ!』
判断は一瞬。ラガスの言葉と共にノワイエの両肩からシールドドローン二機が外れてフライフェザーを広げて飛び出してくる。
(かかった!)
それを見てルッタの口端が吊り上がる。すべては狙い通り。リリたちが実際にタイフーン号へと乗り込んだのかは分からないが、状況はその可能性を示唆している。だからラガスは動くしかない。
ルッタのブルーバレットにリリのオリジンダイバーが加われれば自身に勝ちの目はなくなると理解できるが故にルッタを今すぐ倒すしか彼に勝利の道筋はない。しかし魔光銃は溜めがあり隙も大きく、ここまで決定打になっていない。であれば勝つための手段はシールドドローンしかない。それが分かるからこそラガスは自身の防御を解いてしまった。それこそがルッタの狙いであったとしても。
「そんじゃぁ、仕留めるか」
そしてルッタがフットペダルを強く踏み込むと、ここまでで最速の動きをブルーバレットが見せる。
『は、速……』
その唐突な速度の上昇にラガスが驚愕する。量産機の速度などたかが知れているはずなのに、ここまでの戦いで初めて見る速さだったから目が追いつけない。
「布石は積んできた。対人戦ってのはこういう騙し合いも必要だよね!」
ブルーバレットが機体限界を超えた速度を発揮したのか? と言う問いであれば、その答えは否だ。
ルッタはただ、ここまでのラガスとの戦いでは『八割の速度』しか出していなかったに過ぎない。
ルッタの乗っているブルーバレットは高機動型の軽量機であるイロンデルタイプ。さらに前の乗り手の要望でフライフェザーの設定は加速力に割り振られていた。その機体性能を隠し、相手の見知ったフォーコンタイプの最高速に近い速度に偽装して戦ってきた。
それを行った理由は言うまでもないだろう。ルッタとてこの状況を確実に狙ったわけではない。けれども機体性能のすべてで上回る相手を一瞬でも越えるにはこうした小細工が必要だと考えて仕込み、伏せていた手札をこの場で切ったのだ。
『ゲンブ、押さえろ!』
「無理だって。操作しているアンタの目が追えてねえんだからな!」
ブルーバレットがシールドドローン二機の突撃を躱し、ノワイエに向かって突撃する。一瞬で両機の間はゼロ距離にまで縮み、ルッタはブルーバレットの両腕をクロスさせて胸部を守りながらバックアップウェポンのロケットランチャーのトリガーを引いた。
『こんな量産機相手に俺様が!?』
「ゼロ距離でぶっ飛べよオリジンダイバー!」
そして爆発が起こり、光と共に竜雲海の雲が散った。