015 強敵
「ま、別に俺らにとっては思い出なんかよりも語れるものがあるからな」
イシカワがそう言ってガレージの方へと視線を向けた。その言葉にルッタは頷きつつも、イシカワの乗っていた機体を思い出して眉をひそめる。
「けどさ。見た感じ、イシカワさんってこっちに来てそれほど経っていないでしょ。それなのによくアーマーダイバーなんか手に入ったよね。高出力型なんて貴族だってそう手に入るもんじゃないでしょ? というかアレ、もう完全にイシカワさんの専用機だし」
高出力型といえど基本的には量産機をベースにした形である程度の傾向が存在し、同じようなパーツは市場に出回っている。けれどもイシカワの機体はそこからさらに一歩手が加えられたもので、彼の特性に合わせて新規に製造されているようだった。そうした乗り手の特性に合わせて造られた高出力型を専用機といい、これは貴族であっても乗っている者はほとんどいない。
「まあな。俺がこっちに来たのは二年ほど前のことだ。で、色々あってアキハバラオー最強レアロボ武器商店に引き取られた。そこで俺のことを知ってる人がいて、試しにアーマーダイバーに乗せてみようって話になったわけだな。それで俺の実力を知ったアキレア店がパトロンになってくれて、そのまま俺用の機体も用意してくれて、今じゃあ剣闘士の端くれってわけだ」
「剣闘士!?」
ルッタが目を丸くする。あの頭の悪そうな機体構成を見ればアキハバラオー最強レアロボ武器商店がバックにいるのは納得できる話ではあるが、それだけではなくイシカワはナッシュと同じ剣闘士なのだという。それも現在、ルッタたちと航路が重なっているということは……
「じゃあ、もしかしてイシカワさんもクロスギアーズに参加するつもりなわけ?」
その問いにイシカワがニタリと笑って頷いた。
「ギア団長から聞いたぜ。お前もクロスギアーズに参加するつもりなんだろう?」
「まあね。後は大天領の闘技場の序列上位をひとり、推薦をひとりかな。推薦の方は問題ないって艦長が言ってたけど」
「そっか。俺の方はもうどちらもクリアしてるからな。今は武者修行がてら各天領を回りながらへヴラト聖天領に向かってるってわけだ」
「あの機体で出るんでしょ。死人が出ない?」
パイルバンカーが刺さったら中の人は死ぬ。自明の理であった。
「パイルバンカーの杭の先は魔導剣と同じ模擬戦モードに設定できるから、ソレで対応する感じだな。死にゃしないけど機体が行動不能になるぐらいにはダメージが入るはずだぜ」
「へぇ」
ルッタが目を細めてイシカワの機体『ヘッジホッグ』のことを頭に浮かべた。
(六つのブースターでの突撃にパイルバンカーが四つ。四連撃か同時か。まあブースターは天領上では制限が出るだろうけど。機体性能だけでも厄介なのに……これは強敵かもしれない)
竜雲海の上ならば、スペック差を技量で跳ね除けられる自信はあるルッタだが、剣闘士として戦う舞台は天領内にあるアーマーダイバー用の闘技場だ。
そして性能が制限された状況の中でも高出力型はやはり強く、さらにあの四本のパイルバンカーに六つのブースター、それに大型フライフェザーによる機動力は竜雲海以上に機体の性能差が生まれてしまうだろう。
またイシカワは風見一樹のプレイングを知っている人間で、近接戦でいえば確実に風見一樹よりも上だった。そしてイシカワは偏執的なまでに対戦相手を研究し、痛いところを突きまくって勝利するタイプのプレイヤーだ。その観察眼は風見一樹よりも上で、クロスギアーズで戦うことを考えれば今回の出会いはルッタよりもイシカワに利するところが大きいだろう。そうでなければ本来はネタ武器でしかない近接武器オンリーで世界ランカーになどなれない。
そんな相手がクロスギアーズで待ち構えているのだという事実にルッタは……
(ああ、それは『楽しみ』だ。本当に楽しみだなぁ)
ブルリと肩を震わせ、自然と笑みが溢れていた。
そのルッタの恍惚としたような表情の変化を目にしたイシカワもニタリと笑う。彼の眼はルッタの心の内を正確に理解し、だからこそイシカワの闘志にも火が点いていた。両者の思いはこの時、ひとつであったのだ。
「クックック、なんだよルッタくん? さてはお兄さんに惚れたかい?」
「いや、これは自然と笑いが込み上げてきて……あ、シーリス姉」
「え?」
気が付けば、いつの間にか甲板にはシーリスが登ってきていた。
そしてイシカワが近づいてくるシーリスの方を見てみると殺すような視線を自分に向けていることに気付いた。
「惚れただぁ? リリに声をかけるだけでなく、ルッタにまで……救いようがない変態だね」
「ち、違う!?」
今この時点でシーリスの中でのイシカワの評価はロリコンから悪い意味での子供好きに変動していた。多様性を訴える時代でも超えてはいけない一線というものがある。それは異世界でも同様なのだ。そして、イシカワの業についてはどうでも良いルッタがそんなやり取りを無視して口を開く。
「シーリス姉、何かあったの?」
シーリスの殺気立っている理由の五割はイシカワに対する苛立ちではあるのだろうが、残りの五割は別の何かなのだろうとルッタは感じていた。
「艦長がクルーを召集した。乗り手は全員集合だってさ。あとイシカワ、あんたもな」
その言葉にルッタが目を細める。クルーを集めて……と言うのであれば、風の機師団の今後の動きについて何かしらの修正があるのだろうとは分かる。問題は今になって、そうする必要ができた理由だ。
「どういうこと?」
「そこのバカからの情報を受けてウチの対応も変える必要が出たってことだろうさ。しっかしマジなのかい?」
事情を察して顔を硬くしたイシカワを見ながらシーリスがこう口にした。
「襲われた天領がジアードを含めて『四つも』あったなんてさ」