016 新たなる人類
「増魔人?」
魔人将という言葉はルッタも耳にしたことがあった。
それはゴーラ武天領でも優秀なアーマーダイバー乗りに与えられる称号だ。彼らは例外なく量産機の上位となる専用機を与えられており、卓越した技術は一騎当千の力を持つという。ヴァーミア天領はゴーラ武天領の従属領であるため、そうした話が他の天領よりも届いてくることが多い。けれども増魔人という言葉をルッタは知らない。
『そうだ。新たなる人類。世界を導く者。その俺様が凡俗たる貴様を粛清してやると言っているのだ! 光栄に思うがいい!』
そうラガスが口にすると、オリジンダイバー『ノワイエ』が銃を構えると次の瞬間、空間に光が走った。それを見てルッタの目が丸くなる。
「魔導銃じゃない?」
反射的に避けたルッタだが、放たれたのは魔鋼弾ではなく光線であった。
『ハッ、魔光銃も知らぬか。田舎者が!』
(魔光銃? レーザー兵器的な? 竜雲海で魔術系の攻撃なんて使えないはずだけどどういう理屈だ? まあ魔導銃よりは速そうだが、避けりゃあいいだけ……いや)
ルッタは魔光銃という謎の武装に戸惑いながらもその性質をつかもうと周囲を見る。そして放たれた先にある岩山の様子を見て眉をひそめた。
(当たった箇所から横に流れるように焼けてる?)
『喰らぇぇえい』
「まさかこの武器って」
ブルーバレットがとっさに避けると、ノワイエの構えた魔光銃の銃口から光が伸び、それをノワイエは横薙ぎにし、先ほどと同様に岩壁を切り裂いていく。
「銃に見えるけど、そいつの本質はとてつもなく長い魔法刃を発生させる魔導剣ってことか」
『ふん、察したか。だが、だからどうだというのだ! 貴様の死が避けられるものでもあるまい』
「さて、そりゃあどうかなぁ」
種が分かればそこまで脅威ではないとルッタは判断する。
危険なのは光波を避けきれない可能性がある中距離だけで、距離を取って的として小さくなれば避けるのは容易だし、距離を詰めて撃たせなくするという選択もある。
「だったら、まずは距離を取るか」
ルッタはノワイエから距離を取りながらブルーバレットに魔導銃を撃ち続けさせる。
『くははははは、効かんなぁ』
けれどもノワイエの肩部にあったシールドドローンがサブアームによって前面に押し出されて鉄壁の護りとなって魔鋼弾を弾き、同時にノワイエはブルーバレットを追って突撃する。大盾それぞれ二枚、脚部四枚の計八枚あるフライフェザーの出力は重量級であるにもかかわらず量産機を大きく凌ぐ速度を出していた。その様子を見ながらルッタが舌打ちする。
「なんだよ。機体の性能差が大き過ぎるな。ゲームバランス悪っ」
初期機体で周回組の機体と戦わされているかのような理不尽をルッタは感じたが、けれどもその目に諦めはない。それどころか、この程度なら……と相手の力を利用するだけの余裕がまだあった。
『ラガス様、我らは味方です』
『馬鹿、距離を取れ。巻き込まれるぞ』
ルッタはノワイエと戦いながら、タイフーン号の近くにまで引き寄せていたのだ。
そして魔光銃の攻撃によって他のゴーラ武天領軍の機体も巻き込まれていく。それは間違いなく狙い通りではあったのだが、味方を巻き込むことにまったく躊躇しないノワイエの姿にルッタは思わずウワァという顔をした。
「あのー。オタク、お仲間も巻き込んでるんですけど」
『俺様の足を引っ張る配下など配下ではない!』
「さいですか。かわいそう」
そんなやり取りをしつつもルッタはゴーラ武天領軍のアーマーダイバーと軍艦が巻き込まれぬようにと距離を取り始めたのを確認しながら、同時にノワイエの動きも観察する。
(シールドドローンを装備されている状況だと遠距離からの銃弾はほぼ無効か。背後に回ればダメージを与えられるかもしれないけど、機動力はノワイエが上だからすぐに旋回されるはず。ただ魔光銃のチャージで足が止まるから再度距離を取るのは難しくないんだよな。問題はあいつにダメージを与える手段なんだけど)
そう考えながらルッタは戦闘前のリリの言葉を思い出す。
『今のルッタの装備だとロケットランチャーの魔導砲弾クラスの攻撃がないと厳しいかな』
(リリさんの言う通り、効果があるとすればロケランに装填されている魔鋼砲弾。でもあのシールドドローンは流石に抜けられないと思うし、それにもう時間も限られている)
肉体の負荷がもはや気力でどうにかなる段階を越え始めている。
ルッタは口からこぼれる血を拭いながら、ノワイエを睨みつけた。
(となれば)
『逃げるな、雑魚がぁあああ!!』
「あいよ。じゃあお言葉に甘えて逃げるの止めまっす」
再度距離を取ろうとしたブルーバレットにノワイエが突撃したが、直後ルッタはフライフェザーの角度を変えて機体をノワイエへと急接近させた。
『何!?』
「まずはひと太刀!」
勢いのままにブルーバレットが魔導剣を振るってシールドドローンを斬りつける。しかし、それはただ弾かれるだけという結果に終わった。
『馬鹿が。ゲンブにそんなチャチな剣が通用するかぁあ!』
「みたいだなぁ。どうしたもんか……ねっと」
ルッタがアームグリップとフットペダルを凄まじい速度で操作して、ノワイエの振るう魔導戦斧を避ける。魔導戦斧は魔光銃やシールドドローンとは違い、斧の刃に魔法刃を形成するだけの普通の魔導兵装だ。
振るう速度も出力も量産機のソレとはまるで違うが、対処だけならばブルーバレットのスペックでも十分に可能であった。
(機体のスペックに任せただけの雑な操作。乗り手の技量はそこまでじゃない……けど)
わずかに引いて誘い込んだところで、スウェイして戦斧を避ける。
『ちょこまかちょこまかとぉお!』
(キレてるようで、防御の姿勢は崩さない。思ったよりも慎重な性格だな。まあ、だったら)
「そこだっ」
『ぬぅッ』
ノワイエが魔導戦斧を振るおうとした瞬間、戦斧の柄を持つ腕をブルーバレットの魔導剣が貫いた。
『雑魚が、よくもやってくれたな!?』
魔導戦斧が竜雲海の中に落ちて消えていくのに苦い顔をしながら、ノワイエが距離をとる。
(シールドドローンを使わざるを得ない状況に持っていけばいいだけだ)
「おーやぁ、初めてまともにダメージが入ったかな? ま、油断大敵ってことで」
『貴様!?』
そして魔導剣をブルーバレットの肩にポンと置きながらルッタは笑みを浮かべた。