023 迷いはなく
「あーもう、ここにもいる。本当にクソッタレな状況だなぁ」
ボロボロの家屋が並ぶ街の中をブルーバレットがフライフェザーを羽ばたかせて疾走し、目の前に見えた飛獣の群れをガトリングガンで蜂の巣にすると、生き残りを黒牙剣と白牙剣で仕留めていく。
(このクラスの飛獣なら魔力を流さなくとも殺れるか)
仕留めた飛獣は港町にもいたフライリザードで、ロボクスで処理した時と同様に魔力刃は通さずにどちらの牙剣でも斬り裂けた。ガトリングガンの弾が有限のため、殺れそうならルッタは黒牙剣と白牙剣も積極的に使用しているのだが、出来上がったソレの切れ味は想像以上だった。
「それじゃあさっさと……ん?」
ルッタがふと崩れた家屋に目を向ける。そして、そこにあるものを見たルッタはわずかばかり苦い顔をして、それから「遅くなってごめんね」と口にした。恐らくは少女だったものがそこにあったのだ。
「あいつら、さっさと片付けるからさ。それで……許してよね」
同情はする。哀れには思う。けれどもその惨状を見てもルッタに迷いはいない。悔恨の念を飛獣への怒りへと転化すべき術を彼は理解していた。
そもそもルッタは飛獣を倒すのは見える範囲のみと定め、このまま町を通り過ぎるつもりであった。それはこの先にいるガルダスティングレーを倒さねばイータークラウドは晴れないし、結果としてより多くの命が失われると分かっているからだ。
(それに、今はまだ安全と言えば安全な段階だ。あの時とは違う)
町を通り過ぎながらルッタはそんなことを考える。飛獣が闊歩し人が死んでいくという事実に違いはないが、それでもかつてルッタが見た炎の地獄はもっと悲惨で、陰惨で、誰に対しても救いはなく、事実としてルッタ以外にもう生き残りはいなかった。
それに比べれば今見える家屋のほとんどは崩されておらず、恐らくは多くの住人が怯えながらもまだ地下シェルターに篭っている。今では人々の記憶に名前がわずかばかり残されただけの滅びた天領に比べれば遥かにマシで、救いの道も残されている。
運悪く気取られた者は掘り起こされて食われるだろうが、それもイータークラウドさえ晴れれば状況は変わるはずだ。
(だからこそ早くガルダスティングレーを倒さないといけないんだよな)
そう思いながら正面から迫る飛獣をすれ違いざまに切り捨て、それから近づいてきている二機のアーマーダイバーに視線を向ける。どうやら今の飛獣は彼らの取りこぼしであったようだ。
そして相手もルッタに気付いたようで、機体の内蔵スピーカーから声が響いてきた。
『こちらはジアード第二騎士団団員のノヴァ・ルビックとニスターシャ・アンゲロンである。そこのアーマーダイバー、お前はどこの所属だ?』
尋ねてきたのはジアード天領軍のアーマーダイバーだった。ジアード天領の紋章が機体に刻まれているのを確認しながらルッタは言葉を返す。
「こちらはクラン風の機師団のルッタ・レゾンです。ハンターギルドからガルダスティングレー討伐と領主護衛の依頼を受けていますが照会必要ですか?」
本来であれば許可のないアーマーダイバーは領内への侵入を許されていない。
他人の家に勝手に踏み入ってるようなものなのだから、タイムロスだとしても天領軍が求めるのならば応えなければならないのがルールだ。けれどもルッタが遭遇した騎士のアーマーダイバー乗りはその辺りの対応が柔軟な人間であった。
『子供の声? いや、いい。この状況でも火事場泥棒をする馬鹿もいるが我々もドラゴンスレイヤーを見間違うことはしない。そちらのクランのことも連絡を受けている。このまま通ってくれ。同様の状況があれば私の名を出してくれても構わない』
「ありがとうございます。とりあえずこの後ろにいた連中はすべて仕留めてあります」
『助力、感謝する。しかし君一機だけなのか?』
その乗り手の言葉はもっともで、ランクA飛獣のガルダスティングレーを倒す増援が量産機一機だけでは心許ないと思うのは当然の話だ。例え相手が同じランクAのドラゴンを葬った勇者だとしても単独で来ているのであれば、何かしら問題が起きていると思うのは当たり前であった。
「はい。他のメンバーは現在別の飛獣を誘導して狩っているところですね。俺は別行動していたために先行でこっちにきました」
ルッタはガルダスティングレーをひとりででも狩るつもりではあるが、リリやシーリスもカタがつけばやってくるだろうから嘘は言ってない。
『そうか。そうだな。どこもかしこも……か。行ってくれ、ここは俺たちの部隊が受け持った戦場だ。君は君の戦場を頼む』
「了解です。ご武運を」
『そちらもな。ドラゴンスレイヤー』
そうしてルッタは彼らと挨拶を交わすとブルーバレットを駆って町を通り過ぎ、目的地であるソメイロ山麓の領都へと急ぐのであった。